今日の長門有希SS

 放課後の部室、例によって俺は活動終了までの時間を潰すべく朝比奈さんに淹れてもらったありがたいお茶を堪能しつつ、オセロに興じていた。しかし、普段と違うのは、対戦相手がいかにもボードゲームなどの知的遊戯が得意そうな顔をしてその実からっきしの実力を持つニヤケた超能力者ではなく、読書好きの宇宙人だったからだ。
 もちろん俺が長門ボードゲームのような頭を使う勝負に勝てる可能性は低い。いや、まともにやれば絶無と言っても過言ではない。ゲームのコンピューターのようにベリーイージーモードにしてもらうことも可能だが、それでは長門にとっては手を抜きすぎた勝負になるので面白くないだろう。そういったわけで、今回は四隅の角を最初から俺が取った状態で始めるというハンデ戦を行うことになった。
 俺としてみれば、長門に手を抜かれるのもハンデをもらうのも大した違いはないのだが、長門にとってはこちらの方が楽しめるらしい。とは言え、それには「どちらかと言えば」という接頭語が付き、どれほどの差があるのか俺にはわからない。
 オセロは角を取るのが重要なゲームであり、中盤はいかに相手に角を取らせないようにして自分が取るか、といった方向性で進めていくことになる。あまりにも角に固執しすぎると角は取ったけど負けてしまうので角を取ったから必ずしも勝てるわけではないが、ともかく、最初から角を所有している俺は、そういった余計なことに頭を悩ませる必要がなくなるわけで、単純に多く相手の石をひっくり返すことだけに集中すればいい。
 そのおかげか、勝負は意外なことに序盤から俺が有利に進める運びとなった。長門の白い石は内側に何個かあるだけで、それを黒い石が包み込むようにしている。このままじわりじわりと数を減らしていけば、俺の勝利だ。
「ん?」
 そこで俺の手が止まる。オセロは必ず相手を挟むことのできる位置にしか置けないのだが、長門が内側に集中しすぎているせいか、置く場所がないのだ。仕方がないので俺はパスをする。まあ、オセロはパスをしても自分の番が飛ばされるだけでペナルティはないのだが。
「ここ」
 ぱたぱたと黒い石が白くなっていく。今度こそひっくり返そうと盤上を見回すが、またも俺に打つ手はない。
「仕方がないな、またパスだ」
「そう」
 俺の顔を見ていた長門は、盤上に視線を落とし、ぽつりと口を開いた。
「ずっとわたしのターン」


 それから数分、あれよあれよと言う間に戦況はひっくり返り、勝負が決まった時には俺の石が過半数を割っていた。つまりあれだけハンデをもらっておいたのに負けたわけだ。
「オセロは相手の石を取りすぎると逆に不利になることもある」
 おかわりをして朝比奈さんが淹れたばかりのお茶をずずっとすすりながら長門が言う。途中まで俺は調子に乗りすぎていたということらしい。考えてみれば、ハンデとして四隅を俺が占拠していたとは言え、序盤は角が関係ないのだ。その時点で圧倒していた時点で、おかしいと気が付くべきだったのだろう。
 わかっていたところで、長門に勝てるとは思えないんだけどな。
「オセロには定石も存在する。それを覚えるとまた勝率が上がる」
 長い歴史のある将棋や囲碁に定石というか決まった打ち方があるのは有名だが、比較的歴史の浅いオセロにもそういったものがあるとは少しだけ意外だな。
「まあ、そこまで極める気はないからいいんだ」
 どうせ相手をするのは主に古泉だ。定石ってのは相手がこちらの打ち筋に対してちゃんとした対処をしてきて初めて成立するものだが、古泉にそれは期待できない。
「そう」
 長門は少しだけ残念そうな声を出し、向きを揃えながら石を収納していく。
 もしかすると、長門としては俺が強くなってそれなりの勝負ができるようになって欲しかったのだろうか。
「なあ長門、やっぱり――」
 と、そこで部室のドアがばたんと勢いよく開き、我らが団長様が現れた。
 その顔に浮かんでいる表情を見るだけで俺はまた何か妙なことがあるのだろうと確信し、溜息を吐いてからオセロ盤を片づけるのだった。