今日の長門有希SS

 人間には性欲というものがあり、高校生である俺たちの年代はそれが盛んな時期である。性欲は生物にとって種を保存するための本能であり、男女問わず存在するものであるが、かつて長門と交際する以前は男にしか存在しないものだと思っていた。それが女性にも存在すると知るに至った過程についてここでは述べないが、とにかく俺たち高校生は性欲に満ちているというわけだ。
「いい物が手に入ったんだ」
 俺の知る中で、その本能が最も強いと思われるのが谷口だ。こいつは性欲を自ら解消するためのアイテムを調達する術に長けており、その戦果を俺や国木田にも見せようとする。現在の俺は長門と交際しているため性欲を無駄に発散する必要はないが、かといって性的な本や映像を見たくないわけではない。彼女がいるとかそういった話を耳にすることのない国木田もそれなりに興味を示してはいるが、どちらかと言えば俺よりも食いつきはよろしくない。
 そして、そこに食いつくのは俺や国木田だけとは限らない。
「あんたら、あたしの机の前で何やってんのよ」
 授業が終わるや否や教室から出ていた団長様の姿がそこにはあった。うさんくさそうに、谷口が抱えた鞄をじっと見ている。
「なんで鞄なんて持ってキョンの机まで来てんのよ」
「べ、別になんでもねえよ」
「怪しいわね。エロ本でも入ってんじゃないの?」
「そそそそそんなわけねえだろ!」
 動揺しすぎだ。
「本当に入ってないなら鞄の中見せてみなさいよ」
「プライバシーってものがあるだろ。涼宮は見せられるのかよ」
「別に見せてもいいけど」
 そう言うと、ハルヒは自分の鞄を開けて机の上にひっくり返す。教科書とか重い物は既に出していたようで、大した物はでてこない。携帯なんかも禁止されているわけじゃないし、やましいものは入っていない。
 校則というか人として必要な常識すらわきまえているとは言えないハルヒの所持品が常識的な範囲内に収まっているのは不思議なように思えるかも知れないが、ハルヒが所有権を持っているおかしなものは文芸部の部室に大量にあり、本人が持ち歩いているわけではない。持ち物検査ではなく、部室へのガサ入れがあれば大量に摘発されるだろうなとは思うが、わざわざ教室で所属している団の恥部を晒す必要はないので俺は黙って様子をうかがうことにする。
「ほら見せたわよ。あんたも見せなさい」
「見せてくれなんて言ってねえだろ! どうせお前も鞄に細工して怪しい物はそこに隠してんだろ?」
「……も、ってことはあんたはそういう仕掛けをしてるの?」
「くっ」
 谷口の鞄への細工は見事だと常々思ってはいたが、こういう形で発覚すると予想外だ。まあ今回は谷口が自主的に購入したものであり、俺や国木田の所持品ではないので、ハルヒに発覚してどのような目に遭おうが知ったところではない。つーか、できれば俺たちを巻き込まないで欲しい。
 と、国木田の影が薄い。と言うかいつの間にか消えている。教室内を見回してみると、俺たちとは最初から関わっていなかったかのように、自分の席に避難している。
 裏切り者め。そもそも今回は谷口が勝手に鞄を持ってやってきたのが原因であり、俺や国木田はどちらかといえば巻き込まれただけなのだが、あの逃げ足の早さは素晴らしい。そんな思いで見ていると、視線を感じたのか、国木田の隣にいた人物が立ち上がってこちらにやってくる。
「一体、何があったのかしら?」
「あ、涼子。こいつが鞄になんか隠してるみたいなのよ。たぶんエロ本とか」
「まあ、本当なの?」
 赤ん坊はコウノトリが連れてくると今でも信じているかのごとき童女のように無垢な顔で朝倉は驚きを表現する。
「いや、べ、別に隠してなんか……」
「堂々と入れてるから隠してないっていうのはなしよ」
 そいつは一体どんな変態だ。谷口はどうか知らないが、少なくとも俺にはそういった趣味はない。
「とにかく、あたしが鞄の中身を見せてやったってのに、こいつは見せないってゴネるわけ」
「見せられるのかとは聞いたが、強要したわけじゃないだろ」
「あの流れならそう聞こえたわよ。目には目を、埴輪覇王って言葉を知ってる? あたしは谷口の言葉に従って鞄の中身を見せてあげたんだから、あんたも見せるべきよ」
 つっこみどころがいくつかあってどこから潰していけばいいのか俺にはわかりかねるが、とりあえず言葉の響き的に強そうだなとは思った。
「ほら、見せなさいよ。あたしの鞄だけじゃ不満っていうなら、涼子のも見せる? 涼子は優等生だし、どうせ変な物は入ってないと思うけど」
「え――わたし、の?」
 そこで妙な動揺を見せたのは朝倉だった。普段あまり取り乱すこともなくどちらかといえば飄々とした印象のある朝倉が、明らかに狼狽している。
「涼子?」
「なななな、なんでもないわよ? うん、平気。変な物とか持ってないわよ。だから見なくてもいいんじゃない?」
 何かがありますと宣言しているかのような態度だった。しかし、中身を見せたくなさそうな女子の鞄の中をあばこうと言うのはさすがのハルヒも良心がとがめるのか、ばつが悪そうな顔をしている。
「そうね。涼子が変なものを持ってきてるわけないってのは最初からわかっているわよ。そ、そろそろ授業の時間ね。涼子、戻った方がいいんじゃない?」
「あ、うん。そうさせてもらうわね」
 くるりと体を半回転させると、右手と右足を同時に出すというかなり動きづらそうな歩き方で自分の席に戻っていく。普通、ああいう茫然自失の状態なら無茶な動きを体は選択しないと思うのだが、朝倉は通常の人間とは違うのでひょっとするとあの歩き方のほうが体が慣れているのかも知れない。古武術ではあのような動きがあるらしい。
「きゃっ」
 自分の席に戻ったところで、朝倉は机に脚を引っかけて転びかける。持ち前のバランスのよさのためか倒れることはなかったが、横に引っかけていた鞄が床に落ちた。
 最初から開いていたのか、それとも落ちた衝撃で開いたのかわからないが、鞄の中身が床に散らばる。俺にとってはそれほど違和感の感じないものばかりで、ハルヒと同様に大した物は入っていないように見えた。
「涼子、それ――」
 しかしハルヒは、立ち上がると目を丸くしている。その先にあるものは、俺にとっては見慣れたものであるが、こういう場には本来似つかわしくないものだ。
「なんでそんなものを持ってるの?」
 ゴツいコンバットナイフだった。