今日の長門有希SS
前回の続きです。
「待たせたわね」
女性陣が戻ってきたのは、俺たちがトランプを始めて二十分ほど経ってからだった。
「じゃあ始めるのか」
「焦るんじゃないわよ。まだ準備があるの」
「そうそう、もうちょろっと待ってくれるかなっ?」
準備? 既に布団が敷かれて枕も十分にあるから、十分だと思うが。
「髪を乾かすから待てってのか?」
「違うわよ。どうせ汗かくからまたお風呂入るし」
それなら、そもそも風呂に入る前にやるべきだったんじゃないだろうか。
準備とは何なのかと思いきや、新たに枕が運び込まれてきた。
「様々な素材を用意したよっ。今あるのは綿が入った枕だけど、そばがらとかウレタンとか小豆とか」
運び込まれた枕の一つを持ち上げてみる。俺が手に取ったのは小豆だったようで、少々重くざらざらと固い。
……ハルヒには持たせたくない品だな。
「そろそろ枕投げを始めるわよ!」
声と同時に、頭に衝撃があった。スポンジの枕なので痛みはないが、不意打ちだったせいかむち打ちになりそうだった。もちろん投げた犯人は言うまでもない。
「このっ」
振り返った俺はハルヒに向かって持っていた枕を投げつける。
「ふぎゃっ」
小豆の枕は攻撃力が高かったのか、ハルヒは顔に枕をくっつけたままひっくり返る。小豆入り枕は細長く中身が不定形なので、顔に絡みつくような状態だ。
「……」
そのままぴくりともしない。まさか、気を失っていたりしないだろうな。様子を見ようと近づくと――
「おりゃ!」
顔にへばりついていた枕を投げつけてきやがった。のぞき込むようにしていたので、避けることはできず頭にぶつかる。
なるほど、これは重くて痛い。
ぶつかった枕はそのまま落ちていき、再びハルヒがそれを拾う。またぶつけられては痛いので俺は素早く振り返って駆け出す。背中に枕がぶつかったようだが、逆方向に走っていたおかげかそれほどダメージはない。
ハルヒの近くにいるのは危険だ。布団の上を走り、足下にあった枕を拾って、近くにいた誰かに投げようと顔を上げる。
「ふえっ」
朝比奈さんはやめておこう。ハルヒほど耐久力が高くない。
振り返ってみると、ハルヒと鶴屋さんが中心となって激しく枕を投げ合っており、長門や古泉もそれなりに投げている。朝比奈さんは人が集中しているあたりに向かって遠くから山なりに放り投げてはいるが、誰かに到達するまでにぽすっと落ちる。
さて、どうしたものか。このまま遠巻きに眺めているのをハルヒに見つかれば、絶対に文句を言われる。というか、下手をすれば集中攻撃の対象になりかねない。あいつはそういう奴だ。
と言うわけで、俺も枕を拾いつつ前線に復帰する。飛び交う枕は布団にセットされていた標準の綿枕だけでなく、先ほど俺も投げた小豆の枕もあって危険だ。マイルドな攻撃力なのはそばがらだろうか。
「戻ってきたわね、キョン!」
そう言ってハルヒが大きな枕を投げつけてきた。アニメキャラの描かれた、人の身長ほどもある巨大なものだ。
「なんだそれは!」
ボディアタックのように飛んできたそれをしゃがんで回避する。
「抱き枕よ!」
再びアニメキャラが飛んできた。今度は半裸だ。
既に身をかがめていたせいか、俺の顔にそれが衝突した。入っている素材は綿のようで痛みはないが、サイズだけは大きいせいで頭を後ろに引っ張られたように後ろに転がってしまう。
「このエロキョン! なんで裸だけぶつかるのよ!」
誤解だ。
起きあがり、落ちていた半裸の抱き枕を投げつけるが、細長いせいか狙いがうまく定まらない。ハルヒではなく、近くにいた鶴屋さんにぶつかってしまう。
「おっ、キョンくんもやる気じゃないかっ!」
と言って、鶴屋さんはウレタン素材そのものといった低反発枕を投げつけてきた。特有のカーブを描いた枕が、重力から解放されたように真っ直ぐ俺に飛んでくる。
めこ。
胸部に密着し、ずっしりとした衝撃がある。枕は跳ね返らない。さすが低反発。
「では僕も」
続いて古泉が妙な形の物を投げてくる。肌色の塊に、俺たちの高校で採用されている制服のスカートがくっついたものだ。よく見れば、肌色の部分は人の足のような形をしており、黒いソックスまで履いている。まるでそれは人間の下半身のような、というか下半身そのものだった。
ぼふ、と当たる。
「これは何だ」
「ひざまくらです」
再び下半身が飛んでくる。なるほど、ひざまくらか。面白い商品があったものだ。というか、鶴屋さんの家にはなぜこのような面白グッズが大量に保存されているのだろうか。
下半身を投げ返すと、今度は等身大が飛んでくる。気が付けば、普通の枕ではなくひざまくらと抱き枕が飛び交う不気味な場になっていた。
「えい」
長門の声が耳に入った。顔を上げると、浴衣姿の長門のプリントされた抱き枕が――
どすんと大きな衝撃があった。抱き枕ではなく、長門そのものだった。
「何をやっているんだ、お前は」
「つい」
「ついでボディアタックをするなよ」
「あなたにとってわたしは抱き枕のようなもの」
そりゃまあ、否定はしないが。
「有希、面白いことやってるじゃない。わたしも行くわよ!」
今度はハルヒがボディアタックをしてくる。俺と長門が素早く回避したので、ハルヒはそのままどすんと布団に落ちてごろごろと転がっている。
「避けることないじゃない!」
再び飛んできた。
と、そういうわけで、俺たちは小一時間ほど動き回り、再び風呂に入るのであった。