今日の長門有希SS

「枕投げをしたいわね」
 涼宮ハルヒは唐突だ。
 放課後、いつものように大したことをするわけでもなく時間を潰していた最中、マウスをいじりまわしていたハルヒがそう発言をしたわけだ。
 枕投げとは、今さら説明するものでもないと思うが、修学旅行や部活の遠征など、泊まりがけでどこかに行った際に行われる遊びだ。とにかく枕をお互いぶつけあうというドッジボールに似たものだが、明確な勝ち負けも、そもそもチーム分けといったものも曖昧だ。誰でもいいからぶつける、というサバイバルじみたものだとも言える。
 そういったわけで、明確な競技時間も決まっていない。飽きるか教師に怒鳴られるかして終わるのがお約束。
「で、なんでまた枕投げなんだ」
「あんたウィキペディアって知ってる?」
「名前を聞いた覚えはあるが、よくわからんな」
「それは知らないって言うのよ」
「わたしは知っている」
 長門が本から顔を上げて視線をこちらに向けていた。
ウィキペディアとはインターネットで提供されている辞書のようなサービス。複数のユーザーによって編集されているので間違いもあるが、基本的には正確な情報が載せられている。日本ではアニメ声優の情報が最も充実していると言われている」
「詳しいな」
「わたしもたまに見る」
 そこで長門は、どこか遠くを見るような目をする。
「ちょっとした調べもののつもりで見た項目から、別の項目に飛んで、そこからまた違う項目を見始めてしまう。気が付けば一時間や二時間は平気で経過している」
 長門にもそういった経験があるのだろうか。
「まあそれはともかく、そのウィキペディアとやらがどうした」
「そこの枕投げの項目を見ていたらやりたくなったわけ」
 ひどく単純な理由だ。ハルヒはどちらかというと影響されやすいところがあるが、暇つぶしにネットをやっていて興味を持ってしまったのだろう。
ウィキペディア上の枕投げの項目は尋常ではないほど充実している」
 うんうんと長門は首を縦に振っている。よくわからないが、ハルヒ長門の間で通じるものがあるらしい。
 しかし、枕投げとはそもそも単体で執り行うものではない。先に述べたように宿泊を伴った行事の夜になんとなくやるものだ。枕投げを目的としてどこかに行くなんて話は聞いたことがない。
「別にいいじゃない、どっかにやりに行きましょう」
 そういうとハルヒは、ポケットから携帯を取り出す。
「あ、もしもし? 今夜、枕投げをしたいんだけど、いい場所ないかしら? え? 家でやってもいい? わかった、助かるわ」
 ピ、と携帯を切る。
「それじゃあ、鶴屋さんの家に行くわよ!」
 いつものことだが、この行動力を世の中の役に立つような事に生かしてくれればいいと思う。


 改めて述べることでもないと思うが、枕投げをするのは枕があるシチュエーションである。修学旅行であれば、ホテルや旅館について食事を終え、色々とあってから消灯時間になってから。つまり寝る時だ。
 しかし、俺たちが鶴屋さんの家に到着したのは夕方だった。まだ寝るには早い。
「あたしは別に今から寝るまでずっと枕投げをするのもいいと思うのよね。枕投げは寝る前じゃなきゃダメだって誰が決めたのよ」
 なんて無茶苦茶なことを言い出したが、突然の話だったので鶴屋さんの方が用意できていなかった。俺たちは枕投げのスタンバイができるまで、食事をしたり風呂に入ったりして待つことになった。鶴屋さんの家はちょっとした旅館並の大きさがあり、俺たちが過ごす部屋も大広間なので、ちょっとした旅行気分というか、本当に修学旅行のようだった。
 俺と古泉が風呂から戻ると、広間には布団が敷かれていた。俺たちSOS団の他に鶴屋さんをあわせて六人だが、明らかに人数分以上の布団がある。
「やる気のようですね」
「そうみたいだな」
 元々畳敷きの部屋だから危険は少ないが、これだけ布団が敷き詰められていれば転倒しても怪我はしない。なおかつ枕の数も多いので、思う存分枕投げができるわけだ。
 しかし、ハルヒたちの姿はない。一概には言えないが、どちらかと言えば男より女の方が入浴にかかる時間は長い。もう少しかかるのだろう。
「ババ抜きでもやるか」
「そうですね」
 テーブルや荷物は広間の隅に寄せられており、そこで夕飯前にやっていたトランプを見つけた。二人のババ抜きは正直面白くはないが、あまり長く待たされることはないだろうし、適当に時間が潰せればいい。
「しかし、不思議なものですね」
「何がだ?」
「枕投げをするために時間を潰すなんて、そうそうできる体験ではありません」
「そうだな」
 そもそも、枕投げがメインになっている時点で間違っていると思うのだが、今さらそれを言っても仕方がない。