今日の長門有希SS

 今さら言うまでもないことだが、俺とハルヒは同じクラスである。どちらも掃除の当番ではなく、特に何事もなければ連れ立って教室を出ることもある。
「あら有希」
 と、そこで長門に出くわした。俺たちと長門の教室は隣なので、こういったこともまた起こりうる話だ。俺たちは教室を出るまで少々話し込んではいたのだが、長門のほうも教室を出るまで時間がかかったらしい。
「お前ももう行けるのか?」
「大丈夫」
 その手には鞄が握られている。もちろん行き先は言うまでもなく、文芸部の部室。まあ文芸部というのは名ばかりで、実際はSOS団が不法占拠しているわけだが、とにかく俺たちの目的はそこだ。
「さすがに古泉くんはいないわね」
「みたいだな」
 ひょっとしたらと思ったが、廊下に古泉の姿はない。教室の中をのぞき込んでいるハルヒの言葉を信じるなら、そこにもいないのだろう。
「あたしたちより遅かったら、どこかでサボっていたってことになるのかしら。ほら、営業中のサラリーマンが公園でぼーっとしているみたいな」
「教室以外を掃除しているのかも知れないだろ。アホなこと言ってないでさっさと行くぞ」
掲示物を見て古泉一樹が当番かどうか確認する?」
「しなくていい」
 廊下から見ても長門なら本当に調べることができるだろう。しかし、仮に古泉がどこかで骨休めをしていたとしたらそれを暴いてしまうことになりかねないし、もしかしたら『機関』の方と連絡を取っていてハルヒに知られるとまずいかも知れない。
 ともかく、俺たちは三人でぞろぞろと部室棟に移動し、部室の前に到着した。
「おっ待たせー!」
 そう言ってハルヒがノックもせずにドアノブを回す。朝比奈さんが着替えているとまずいので、俺は慌てて中が見えない場所に移動した。
「あれ、古泉くん何してんの?」
 古泉がいるなら朝比奈さんが着替え中ということはないだろう。部室の中をのぞきこむと、古泉は椅子に座ってファンシーな鏡をのぞき込んでいた。その横には朝比奈さんが立っている。
「なんだ古泉、お前はそんなに自分の顔が好きなのか?」
「いえ、そういうわけではありません。ちょっと鼻にニキビができてしまいまして、確認していただけです」
 ありがとうございます、と古泉は鏡を朝比奈さんに手渡す。それを受け取った朝比奈さんは、ぱたぱたと折り畳んで自分の鞄にしまっている。どうやら朝比奈さんのものだったようだ。
「どれどれ」
 向かい側に腰掛けながら見てみると、古泉の鼻がうっすらと赤くなっている。言われてみなければわからない程度だ。
「今まで僕自身も気付いていませんでした」
 まあ、自分の顔なんてまじまじと見ないしな。家を出る前に身だしなみを整える時くらいだ。
「触ってみると少々痛みがあります」
「ニキビはあんまりいじらない方がいいわよ。原因は……まあ、キョンと違ってちゃんと洗顔とかしてそうだから、寝不足とかストレスとか食生活とか。古泉くん、バレンタインにもらったチョコがまだなくなってないとか」
「ははっ、それほど頂けたら素晴らしいことですね」
 古泉がどういった私生活を送っているのかはわからないが、ハルヒと関わってるだけでストレスはいくらでも貯まりそうだ。
「跡になるからよくないけど、潰して汁を出すとすっきりするのよね」
 ハルヒはオモチャを前にした猫のような顔で古泉の鼻を見つめている。
「いじるとよくないんだろ?」
「そうね。でも、男の子なら傷の一つや二つあってもかっこいいと思わない?」
「思わないな」
 顔に傷とかどう考えてもカタギじゃないだろう。というか、ニキビを潰した跡はどう考えてもかっこよくはない。
キョンには男のロマンがわからないのね」
「お前は女だろう」
「じゃあ女のロマンよ」
「そんな言葉はない」
 少なくとも俺は聞いたことがない。
「わたしもニキビがある」
 と、話が一段落したところで長門が口を開いた。
「なに、潰していいの?」
 古泉もあれだが、長門の顔にニキビの跡が残ったらなおよくないだろう。
「ないじゃない?」
 まじまじと長門の顔をのぞき込んだハルヒは不満そうだ。
「顔ではない」
 まあ顔の場合が目立つが、他の部分に出ることもある。
「どこにあるの?」
「乳房」
「胸にできてるの?」
「左右の乳房の先端にそれぞれ赤い突起が一つずつ」
「それは乳首でしょ」
「その可能性も考えられる」
 断定しろ。


 話が一段落した後で、長門は本棚に向かう途中で俺の横を通る。
「絞ると白い汁が出る」
 ぼそりと長門の声が聞こえた。
「それは母乳だ」
 ちょっと待て。
「なんで母乳が出るんだ」
 長門はそれには答えず、本棚で新しい本を取って椅子に戻る。
 読んでいるのは珍しく小説ではなく雑誌で、たまごクラブだった。