今日の長門有希SS

 前回の続きです。


 最初はどこかに向かって歩き出したハルヒだったが、特にいい案を思いつかなかったのか「各自、食べたい物を買ってきましょう」なんて言い出した。
 千円を四人で割ると二百五十円。それを俺以外の四人に分け、いったん別れて買い物をすることになった。まるで遠足に持っていくおやつの買い物のようだ。
 ちなみに俺は、ハルヒの宣言通り金を渡されることなく、一人で待たされることになっている。集合場所になった公園でぼんやりと過ごす。
「戻った」
 気が付くと目の前に長門がいた。解散してまだそれほど経っていない。
「早かったな」
「そこで買った」
 ここから見えているコンビニを指差す。持っている袋には、何か小さなカップ状のものが入っているのが形でわかる。そういえば、コンビニで二百円くらいのデザートがよく売っているが、そういうのを買ったのだろう。
「何を買ったんだ?」
「後のお楽しみ」
「わかったよ」
 それからそうかからないうちに、他の三人も戻ってくる。やたら大きな袋を持っているハルヒが最後だった。
「駄菓子を買ってきたのよ」
「本当に遠足みたいな奴だな」
「色々と食べられていいじゃない」
 まあ否定はしない。
 台やテーブルがないので、ハルヒはベンチの上に中身を出していく。袋からは数種類の棒が……って、そればかりだな。
「安くて量がある方がお得じゃない」
 結局、ハルヒが買ってきたのは十本ほどの棒と、十円や二十円くらいの駄菓子がいくつか。一人分で買った金額だが、少々量が多い。
「ちょっと買い過ぎちゃったし、特別にあんたにも分けてあげるわよ」
 どうせ使い切らないと損だと思って、二百五十円フルに使ってきたのだろう。小遣いを与えられた小学生のようだ。
「他のみんなは?」
「えっとぉ、あたしはクッキーを買いました」
 朝比奈さんが取り出したのは、透明なビニール袋に入ってリボンでラッピングされたクッキーだ。どこかの洋菓子店で買ったのだろうか、ハルヒの駄菓子に比べると高級感がある。
「僕はお茶と紙コップを」
 ハルヒほどではないが妙な袋を持っていると思いきや、古泉はそういうのを買っていたらしい。どうせハルヒや朝比奈さんがこういった「みんなで食べられるもの」を買うであろうと予想していたのだろう。
「有希は」
「これ」
 長門がコンビニ袋から取り出したのは、他の商品より小さいのに倍くらいの値段がすることで有名なカップのアイスだった。
「この時期にアイス?」
 ハルヒが首を傾げるのも無理はない。温かくなってきたとはいえ、まだ涼しい日だってある。というか、今日はどちらかと言えば寒い部類に入る。
「ちょうどいい値段だったから」
 確かに二百円オーバーの商品だ。
「まあいいわ、せっかくだからみんなで食べましょう」
 というわけで、俺たちはベンチを囲み、お茶を飲んで駄菓子やクッキーをつまむ。朝比奈さんのはともかく、ハルヒの買ってきた駄菓子はいちいちハルヒに「食ってもいいか」と伺いを立てた上で許可を得なければならない。面倒だ。
「わたしのも食べていい」
 と、一人でカップアイスを食べていた長門ハルヒにスプーンを突きだしている。
「そう、ありがとう」
「どういたしまして」
 長門はなんとなく楽しそうだ。まあ、一人で食べるようなものを買ってきたが、わいわいやってみたくなったのだろう。
「あなたも」
「ああ」
 差し出されたスプーンに口を開ける。手元が狂ったのか、長門の持っていたスプーンは俺の唇にくっつき――て、妙に冷たい。そして外れない。
「なんだこれは」
「唇にアイスが貼り付いてしまったらしい。濡れた手で氷を触った時にくっつくのと同じ原理」
「え、そんなに冷たかったっけ?」
 先に食べていたハルヒが首を傾げる。
「海外では、舌を冷やそうとして冷凍庫の内側を舐めて貼り付き、凍傷になった事例がある。この状態は危険」
 なんだそのバカな事件は。
「直す方法はわたしが知っている。わたしに任せて」
「ああ」
 俺が答えた矢先、長門が俺の手を引く。
「ちょっと有希、あたしも」
「これをお願い」
 アイスのカップを預けられ、ハルヒは「あ、うん」と答えながら足を止めた。
 そして俺たちが向かったのは水飲み場だった。
「水で溶かすのか?」
 この時期ならまだ水道水も冷たいだろうが、少なくとも凍っているアイスより水の方が温度は高い。
「もっといい方法がある」
「俺としてはどっちでもいいな。問題がないなら」
「そう」
 長門はすっと、俺に顔を近づけて、ぺろりと舐めた。
「こちらの方が温度が高い」
「あ、ああ」
「あと美味しい」
「そうか」
 とまあ、そういったことはあったが、基本的にはまったりとした時間を過ごす休日だった。