今日の長門有希SS

 学生の活動範囲は狭く、ウィンドウショッピングなどをしている時に知り合いに出くわすなんてことはよくある話だ。俺と長門は秘密裏に交際しているので、見つかる相手がまずいと発覚してしまう恐れがあるが、人の多いところでは細心の注意を払っているので今のところまだそういったことは起きていない。
 長門がいるのでそういったミスが起きるはずはないが、任せっぱなしと言うのも気が引ける。というわけで今日も周囲に気を配りながら買い物をしていると、俺は知り合いの姿を見つけた。今回は逃げる必要のある相手ではないので、俺たちはそちらに足を向ける。
「よう」
「あ、キョンくんに長門さん」
 婦人服売り場で見かけたのは朝倉だ。長門を含めて三人で一緒に出かけることもあるが、こうして出先でたまたま鉢合わせることも珍しいことではない。長門と付き合い始め、朝倉とも浅からぬ交友関係になってから、もうかなりの月日が経過しているのだ。
「お前も買い物なのか」
「そう、喜緑さんと一緒に」
 売り場の中にいて気が付かなかったが、朝倉が顔を向けた先に喜緑さんがいた。棚にある服を物色しているようだ。
 邪魔をしてもなんだし、そもそも今回は長門も服を買う予定はないので、俺たちは別の所に行くことにする。
「それじゃあ、また」
「お待ち下さい」
 しかし喜緑さんに呼び止められた。
「何でしょうか」
「せっかくなので、あなたの意見を参考にしようかと思いまして」
「正直なところ、女性の服装のセンスにはそれほど自信がないのですが」
「いいえ、男性であるというだけで意味があるのです」
 ここには俺の他に三人いるが女性ばかり。もっとも三人とも常人ではないのだが、女性的な感性を持った存在であることには違いない。
「で、何を選んでいるんですか?」
 喜緑さんがいるのは薄手のシャツが陳列されているコーナーだ。白や黒、はたまたベージュのような、どちらかというと地味な色が揃っている。
「ババシャツです。時期的に、安くなり始めた今が狙い目なんですよ」
 確かにそれはいわゆるババシャツだ。長門はどちらかといえば寒さに強いので身に付けることはあまりないが、持っていないわけでもない。
「色々な形があるんですよ」
 長袖や半袖、ノースリーブなど様々。喜緑さんはそれを体にあてて俺に見せる。
「でも、それって他人に見せない服じゃないですか。俺の意見なんて参考になるんですか?」
 学校での着替えの時などで見えてしまう可能性はあるが、基本的には誰かに見られることを想定していない。
「ふふ、見ることがあるかも知れないじゃないですか」
「……」
 つねるな長門
 ババシャツと言っても形は様々だが、それ以外は特に差のあるものではない。わざわざ人に選ばせる物でもないはずだ。
「素材も違うんですよ。織り方によって保温性も違いますし、最近では特殊な素材が使われた物もあります」
「それが何か……」
「特殊な素材ってなんとなくそそりませんか? 男の子としては」
「いえ、服にはそういう要素を求めてません」
「そうですか。残念です」
 まあ、言葉の響き的にわからないこともない。宇宙船で使われているとか、NASAが開発したとか、特殊な素材と聞くとそういったものを連想し、なんとなく心が躍る。
「それで、どのあたりがいいと思いますか? 主に制服の下に着る予定ですが」
「……」
 まあ、特に考えずに選べばいいだろう。俺は喜緑さんから希望を聞き、長袖でベージュの無難なシャツを渡した。


 その後、長門の下着にベージュの物が増えるのだが、この時の俺に知る由もなかった。