今日の長門有希SS

 おまけのついたお菓子は数多く存在する。
 有名なところでは一粒食べれば三百メートル走れるという、ある意味どこかの有名少年漫画に登場する豆に匹敵する便利アイテムだが、実際に人間が三百メートル走るために使用されるカロリーが含まれているとかそういった理由らしい。もちろん三百メートルを走るために要するエネルギーは体格や体質によって異なるわけだが、まあ、それなりの栄養が含まれているのは確かなのだろう。テレビ番組で痩せる効果があると特集された食品が即売り切れるようなダイエット大国となった現代日本で「カロリーがある」という売り文句が逆効果に働かないか疑問の余地はあるが、俺がその製菓会社を心配しても意味はないだろう。
 更に遡ると、コインなどを入れた焼き菓子が縁起物として振る舞われる文化もあるようだが、ここではあまり関係ない。
 ともかく、おまけのついたお菓子は食玩と呼ばれている。最近では「おまけのついたお菓子」というより「お菓子がついた玩具」と言ったほうがいい物と化しており、本来おまけであったはずの玩具部分がかなり進化している。その手の食玩ではチョコレートの卵に入ったフィギュアのシリーズが有名だが、あの中のフィギュアは本当に精巧に作られており、特に動物の造形などはちょっと偏執的なものを感じるほどだ。
 ちなみにああいった販売形態は「おかしコーナーで売るため」という理由があるそうで、実際、スーパーやコンビニのお菓子コーナーに並んでいるのをよく見かける。スーパーはともかくコンビニにはオモチャコーナーはないので、コンビニで売るための苦肉の策なのだろう。
 さて、なぜ俺がそのようなことを考えているかと言うと、現在目の前にそれがあるからだ。
「そのチョコってあんまり美味しくないのよね」
 そう言っているのはハルヒだ。なんだか今売られている動物シリーズのフィギュアがツボにはまったとかで、集めることにしたらしい。しかし、ハルヒの言うようにこのチョコは正直あまり味がよろしくない。チョコで卵の殻のような形を作り、それを割ったらフィギュアが出てくるコンセプトを維持するため、チョコレートを食品と言うより梱包剤としてより使いやすい物にしたのだろう。犠牲になったのは味だ。
 しかも、フィギュアを入れるためにはチョコレートの殻もそれなりの大きさになる。だから一つ一つのチョコレートの量が多い。一個や二個ならともかく、数個のチョコレートを食べるのは、ハルヒとしても苦しいのだろう。
 で、俺たちの出番なわけだ。今日のお茶請けはチョコということになり、俺と古泉は紅茶を飲みつつ向かい合って割られたチョコを口に運んでいる。ハルヒはえらそうに自分の席でふんぞりかえっているが、全く手を出していないわけでなく、それなりに食ってはいるが飽きたからだ。
 その机には数個の動物フィギュアが置かれているが、最終的には二十種類近くになるそうだ。もちろん既にあるフィギュアが出ることもあり、実際二種類ほどはかぶっているので、二十個食べれば揃うとは限らない。
「古泉、お前の方でなんとかできないか」
「恐らく、本人で手に入れなければ意味がないでしょう」
 古泉とあのうさんくさい『機関』ならばハルヒが望むフィギュアを手に入れることはできるらしいが、そんなことをしても意味がないというわけだ。確かにその理屈は理解できる。
「チョコの方だけでもいいぞ」
「そうですね。素材とするのは少々不安がある味ですが、お菓子作りをするメンバーもいますので、余ったら持ち帰ることにします」
「誰だ?」
「まあ、あなたの知っている人物だとは言っておきましょう」
 森さんだろうか。いや、こういう言い回しをしてはいるが、実際は古泉がそういう趣味を持っている可能性だってなくはない。
「朝比奈さん、座ってお一つどうですか?」
「ふぇ」
 朝比奈さんは俺が差し出すチョコを困ったように見つめている。
「えっとぉ、さっきけっこう食べちゃったから……もう……」
「わかりました」
 俺がそれを自分の口に運ぶと、朝比奈さんはほっとその豊かな胸をなで下ろす。
「もう満腹ですか」
 甘い物は別腹という言葉もあるが、甘い物ばかり食べていたら別腹も何もない。
「ううん……これ以上食べたら、お腹が、その……」
「あ……すいません」
 女性とはデリケートな生き物なのである。食べても縦横ともに変化のない人物と常に一緒にいると、どうしてもその感覚が麻痺してしまう。
「でも、朝比奈さんは、どちらかといえばスリムな方ではないでしょうか。食べ過ぎ防止はともかく、気にしすぎて体を壊すようなダイエットだけはなさらないようにお願いします」
 場合によっては失礼にあたるような言葉だが、古泉の顔には嫌みがない。これもまた美形の成せる技だろうか。ただし美形に限るとはよくいったものだ。
「あなたもそう思いませんか?」
 俺にふるな俺に。
「……」
 朝比奈さんはこちらに不安げな顔を向けている。女性にかけるべき定番的な言葉は、既に古泉に使われているような気がするので「俺もそう思います」とだけ付け加えて置いた。
キョン、なにみくるちゃんにセクハラしてんのよ」
 俺だけかよ。


 さて、ここまで俺たちは長門の存在に全く触れていなかったのだが、別に仲間はずれにしていたわけではない。
「……」
 ドアが開いて姿を現した長門は、その場に立ったままちらりと部室内を一瞥する。そして本棚に足を向ける。
「あ、ちょうどよかった。有希もお願い」
 言うとハルヒは、今ちょうど銀紙を剥き終わった卵形チョコを持って長門のところへ移動する。
「……」
 体の向きを本棚からハルヒに向け、チョコを受け取って首を捻る。
「他のみんなにも頼んでいるんだけど、有希もそれ食べちゃってくれる?」
「わかった」
 そう言って、長門ハルヒから受け取ったチョコを口に入れる。
「ゆ、有希!?」
 ハルヒがぽかんと口を開けてから、慌ててとりすがる。
「丸ごと食べちゃダメ!」


 なお、長門の口から出てきたのは、ハルヒが最も欲しがっていたレアなフィギュアだったとか。