今日の長門有希SS

 週末になると俺たちSOS団は街に出る。不思議な物事を探そうと町中をぶらつき、結局何も発見できずに終わるというなんとも生産性のない過ごし方だ。
 午前中の探索が終わり、俺たちは駅前に集合した。
「何か見つけた?」
 もちろん誰も何も発見していない。そもそも発見した場合はハルヒに連絡する手はずになっているのだから、今聞いても見つけた報告などあるはずもない。
「まあいいわ、とりあえずご飯食べに行きましょう」
「どこに行くんだ」
「特に決めてないし、待たないでそこそこ美味しいところでも探すわ。食事ってのは、何を食べるかより誰と食べるかって方が重要なのよ」
「そうかい」
 更に重要なのは代金だ。今回の食事も俺が支払うことになると、朝に集合した時点で決まっているのだから。
 ハルヒを先頭に俺たちはふらふらと歩き回る。このあたりは駅前なので飯を食える場所はいくらでもある。昼間から入ることはないだろうが、ちょっと高めの店を見かけるたびに俺は肝を冷やす。ハルヒがその店に入ると言い出したら、俺にはそれを止める手段はない。
「ここでいい?」
 ハルヒは立ち止まってくるりと俺たちを振り返る。チェーン系の居酒屋だが、ランチタイムも営業しているようなタイプだ。
「さすが涼宮さん。元々居酒屋はグループ向けの飲食店ですし、いい選択ではないでしょうか」
 真っ先に古泉が賛同の声を上げる。こいつがハルヒの選択に反抗することはそもそもあり得ない。朝比奈さんも長門も、特に不満はなさそうだ。
「あんたはどうなのよ」
「別にいいんじゃないか? ランチもやってるみたいだし」
 ランチセットは基本的に割安でそれなりの満足度を得られるようなメニューになっている。ファミレスでバカみたいに頼まれるよりはましだ。
「じゃあここでいいわね」
 中に入ると、横にカウンター席があった。その向こう側ではいかにも職人気質の板前が、厳しい顔をして何やら作業している。
 正面は細い通路があって、その左右にテーブルがある。本来は居酒屋なので、それなりに席は多い。
「いらっしゃいませ」
 通路の奥から店員がやってきて、俺たちを席に案内する。カウンターが見える位置のテーブル席で、奥は壁となっており、テーブルの両側をソファーが挟んでいるようなタイプの席だ。俺たちは男女に分かれてソファーに腰掛ける。
 おしぼりとお茶の入った湯飲みがそれぞれの前に置かれている。それと、ランチ用のメニューが二つ。
「昼間はお酒出してないみたいね」
「仮に酒を出していても、明らかに未成年の俺たちには出さないだろうけどな。最近は飲ませた方もまずいんだろ」
「別に飲みたいわけじゃないわよ」
 ぶちぶちと言いながら、ハルヒは口をとがらせてメニューを睨んでいる。
「ただ、気が付いたから言ってみただけなのに、あんたは雑談もできないの? 気を利かせていい感じに話を膨らませなさいよ」
 また無茶なことを言い出す。適当に聞き流しながら、俺もメニューを選ぶことにした。


「職人って感じよね」
 注文を終え、通路の奥に店員が消えた後でハルヒが呟く。
「なんの話だ」
「あそこの板前さんに決まってるじゃない」
 ハルヒが指を向けたのは、俺たちから少し離れたカウンターの方だ。そこにいる板前は、無言でずっと作業している。注文を取りに来たのは明らかにバイトのようだったが、料理をしている板前は職人と評するのが相応しい雰囲気を醸し出している。カウンター席にも何人か客が座っているが、そこに会話はなく、ただ黙々と作業している。
「今日のご飯はちょっと期待できるかもね」
「そうだな」
 なんとなく板前を見ながら料理を待つ。俺たちSOS団が集まると、会話の中心になるのはハルヒだ。口数が多いというか、小難しいことばかり言う古泉も、今は黙ってカウンターに顔を向けている。そもそも、古泉が饒舌になるのは少人数……というか、ハルヒがいない時の方が多かったな。
「あ――」
 長門が声を漏らす。
「有希、どうかした?」
「……」
 隣に座るハルヒに見つめられ、長門は少しだけ困ったように顔をうつむかせる。
「あまり、期待しすぎないほうがいい」
「どうして?」
 ハルヒが疑問を口にするのも当然だ。あんなにストイックに、無言のまま料理を続ける板前を見ていると、俺だって期待してしまっている。
「どうしても」
 具体的な理由は口にせず、長門はそう答える。長門は一体何に気が付いたのだろう。俺はじっと長門を見つめていたが、何も言わずにただ下を向くだけだ。
 その様子は、あそこで誰とも会話せずに料理を作っている板前とどこか似ていて――ん?
「お待たせしました」
 廊下の奥からトレイを持ったバイトの店員がやってきた。もちろん一度で五人分も持って来られるはずもなく、二人分だけ置いてまた廊下の奥に戻っていく。
 そこでようやく、俺は長門の言いたかったことに気が付いた。
「……」
 ハルヒは頬を膨らませて、口をつぐんでいた。


「あの板前はなんだったのよ!」
 店を出たところでハルヒがようやく口を開いた。もちろん食っている最中にも口は開いていたのだが、料理が届いてから今までハルヒは一言も話していなかった。
 そう、あの店員は誰とも会話をしていなかった。店員とすらも。
 俺たちの料理は通路の奥にある厨房で作られていた。あのカウンターにいた板前は一カ所も絡んでいない。
「夜の仕込みをしていたんじゃないのか? そもそも、この店のメインは夜の営業だろ」
「そうだけど……でも、あれじゃあサギじゃない」
 まあ飯はそれなりに美味かったのだが、ハルヒが憤るのも仕方ない。一足先に気づいてしまった長門が困るのも必然だ。
「こうなったら夜にまた来るしかないかしら……」
「いくらなんでも、夜の居酒屋に俺たちだけで入るのは問題だろう」
 ただでさえ俺たちは問題のある集団として教師や生徒会から睨まれているのだ。誰かに目撃されて、それを耳に入れられたら厄介なことになる。
 いや、潰されたりすること自体は問題じゃない。それよりハルヒがその状況に発憤して余計なことをやり始めることこそが問題だ。
「まあいいわ。さっさと班を決めて探索に回るわよ」
 いつもは店を出る前に決めるのだが、今回ばかりは仕方ない。いつの間にか持ってきていたつまようじのクジを引いて、俺たちは班分けをすることにした。


 午後はハルヒと二人の組になり、延々と愚痴を聞かされることになった。本当に災難な一日だった。