今日の長門有希SS

 冷房病という言葉はあるが、暖房病という言葉はない。この季節ではいまいち実感を持てない言葉ではあるが、ひとまず冷房病について考えてみよう。
 夏、本来なら暑い時期に冷房の効いた部屋で過ごす。まあ誰も好きこのんで蒸し暑い空間に滞在したくはない。快適な室内にいたいと思うのは当然の心境だ。
 だが、涼しい空間で過ごしすぎると、暑さに対応できなくなる。人間はよほどの事情がなければ二十四時間冷房の効いた室内で過ごせるわけがなく、どうしても外出を余儀なくされるのだが、普段涼しい状態が当たり前だとそこで暑さにやられてしまうわけだ。
 とまあ、冷房病についてはその程度の認識でいい。問題は暖房病だ。
 先に述べたように暖房病という言葉はない。しかし、本来ならば寒い時期に暖房をガンガンに効かせた部屋で過ごし続けるのは、やはり好ましくはない。
 まずは温度差だ。これは冷房病と似たところがあるが、温かい部屋に慣れてしまうと寒い場所に行った時により寒さを感じてしまう。体内に熱が籠もってのぼせたりする冷房病と比べれば、より寒く感じるというだけでまあ大したことじゃないと言えなくもないが、それでもやはり推奨されることではない。
 ちなみに冷房病では、涼しい部屋に慣れすぎて代謝機能がうまく働かず、うまく汗をかけないのが原因であるわけだが、この汗もポイントだ。冬の場合は、汗をかいてしまうのがあまりいいこととは言えない。
 人間が汗をかく理由は、気化させて時に体温を下げるためである。辛い物を食べた時にも汗が出るがこちらはあまり意味がない。
 ともかく、汗が出るほど部屋を温める者もいるが、あまりよろしくない。蒸発して熱を奪われるのもよろしくはないが、汗ばんだ状態で寒い場所に移動すればより熱を奪われることになる。
 ともかく、暖房を効かせすぎるのはよろしくない、という話だ。文明の利器に頼りすぎず、暖を取るならもっとアナログでいくべきだ。
「……」
 などと語り続けたのだが、長門はそれを無言で聞いていた。現在の状況を説明すると、長門がコタツに入っており、俺はコタツに足先だけを入れている状態だ。
 別に俺に対して何らかの罰ゲームが行われているのではなく、俺は前に出られない状態にあるわけだ。もし俺が腰のあたりまでコタツに入ろうと思えば、必然的に長門はコタツの中にまで追いやられるだろう。
 そう、俺は長門の背に密着している。二人羽織を想像して頂ければ、どのような状況なのかおわかり頂けるだろう。俺は肩まですっぽりと毛布を羽織って、なるべく外気に触れないように長門をも包み込んでいる。コタツから毛布の塊が生えて、そこから俺と長門の頭が飛び出しているような状況とも言える。
 ちなみにこういった状態になったのは、ただ俺が長門に密着したかったというのも理由の内にはないと言い切れないが、単純に寒かったからだ。長門のマンションはそれなりに高級なもので断熱もしっかりしてはいるが、さすがに朝から晩まで暖房がついていない状況で温度を維持できるはずがない。
 要するに、部屋に戻ってきて寒かったから毛布を被ってくっついているだけのことだ。これだけでも十分に温かいので、エアコンの設定温度をあまり上げなくていいんじゃないか、という主張をしたかっただけにすぎない。
「で、どうだ長門
「温かい」
 そう言ってもらえれば俺だって報われる。何も伊達や酔狂でこの妙な状況を生みだしたわけではない。もちろん長門と密着したくないなど口が裂けても言わないが、単純に俺の趣味だと思われるとそれはそれで心外である。
「あなたの体温は三十六度強」
 長門はぼそりとそう呟いた。俺は特に体調を崩しているわけではないし、長門が述べた温度も平熱だ。わざわざそれを口にした理由は俺には掴みかねた。
「それがどうかしたか?」
「三十六度強が密着している」
「ああ」
 温かいよな、お互い。
「エアコンで部屋を暖めるとしても、三十度まで上げることはまずない」
「そうだな」
 三十度なんて夏の気温で、どちらかと言えば不快になるほど暑い。いくら寒い時期に温かい部屋に行きたかったとしても、それはさすがにやりすぎだ。
「あなたの言葉によれば、そのような温度で体を温め続けるのは得策と言えない」
「……」
 まあ、確かにそうだよな。
「離れた方がいいか?」
「いい」
 長門は俺の腕の中でもぞもぞと体をよじらせる。
「少しだけ薄着をすれば問題ない」
「そうかい」


 その後、薄着をし過ぎると肌の触れる面積が触れ、かえって汗をかくことに気が付くことになる。