今日の長門有希SS

 前回の続きです。


 土鍋に小豆を入れてすりつぶし、そこに水を加える。これだけなら甘みが足りないがこの部室にはコーヒーや紅茶を入れるために砂糖がある。ハルヒはポットのお湯で溶くと言っていたが、コンロもあったので煮た方が美味いだろう。
 具がマシュマロなのでそんなところにこだわってもむなしいだけだが。
「あんた、意外と手際がいいのね」
 へえ、とハルヒが鍋を覗き込んでくる。長門の部屋で飯を作るようになって――まあ、けっこう長い。これくらいの手間は料理の内に入らない。
 食器もあるので人数分に取り分ける。マシュマロは熱でややスライム状になっていた。
「それっぽいわね」
 ハルヒはお汁粉もどきをすすり、カシューナッツをぽりぽりとかじる。机の上には様々な豆が並べられていて、五人でも食い切れそうにない。まだ開封していない中には柿の種もあった。
「って、なんで柿の種があるんだ」
「ピーナツが入ってるじゃない。それに、豆って要するに種でしょ?」
「なんの種でも豆ってわけじゃないけどな」
 そもそも柿の種は本来の意味の種でもない。
「まあ細かいことはいいじゃない、美味しければいいのよ」
「じゃあ子種も豆の内に入る」
 入らない。
「そう言えば、年の数だけ豆を食べるって何の意味があるのかしら? 古泉くん、知らない?」
「根拠はわかりませんが、体が丈夫になると言われている場合もありますね。その際、食べる量は数え年の数にするといいと言われています」
「ふうん」
 ハルヒは柿の種を開封し、中からピーナツをつまみ上げてしげしげと眺める。
「そうだ、せっかくだしゲームでもしましょう。柿の種を……そうね、これですくって取って、自分が取った分は食べきる。で、最初に年の数以上の豆を食べた人が負け」
 ハルヒは指でつまんだレンゲをぷらぷらと振りながらそう言った。なぜこんな物まで部室にあるかはもはや考える必要もないだろう。
 俺はちらりと長門を見る。高校生と設定されてはいるが、この世に誕生してからの年数は俺たちより遥かに短い。ハルヒはそのことを知らないし、教える必要もない。
 だがこういう時でも長門は嘘を吐かないので、早々と敗北宣言をするとも考えられる。そうなれば説明が厄介だ。
「それ、柿の種本体は豆じゃないよな?」
「当たり前でしょ?」
 どうでもいい質問して時間を稼ぎつつ長門を見るが、俺の視線を気にした風もなく真正面を見ている。事態を把握しているのか、そうでないのかはわからない。
「あたしから時計回りでいいかしら」
 言ってハルヒは柿の種の中にレンゲをつっこむ。この時点で俺たちは誰も参加すると言っていないが、始まってしまった物は仕方ない。
 ハルヒは俺から見て右手、いわゆるお誕生日席状態で座っている。だから二番手は俺で、その次は左隣の朝比奈さん。それから朝比奈さんの正面に座る長門、スライドして俺の正面の古泉という順番だ。
「えーと、一つね」
 一度、手の平で散らばらせてから、それを口に放り込んでぽりぽりと噛み砕く。
 ハルヒが無言で突きだしてきたレンゲを受け取り、それを――
「これ、勝負決まるのか?」
 仮に俺たち全員が同じ程度のペースでピーナツを取ったとして、仮に長門を俺たちと同じ年齢であると想定すると、誰かがオーバーした時点で一人当たり十個はピーナツを食べていることになる。五人で十個なら、五十個のピーナツが必要だが――柿の種の中にはそれほどのピーナツが眠っているとは思えない。
「あ、そうだったわね。じゃあ一周したら他の豆を全部この上に追加するわ。別にピーナツの数って決めてたわけじゃないし」
 この部屋にある豆の数は五十個なんて軽くオーバーしている。そのルールならまあ誰かがオーバーするまで続けられるだろうが、そうなるともはや柿の種の方が遥かに少なくなるだろうな。
「ところで、負けたらどうなるんだ?」
「うーん、何がいいかしら。ま、すぐに勝負が決まるわけじゃないし、一周してから考えましょ」
 長門の判断によっては、一周するかも微妙なんだけどな。
 ちなみに俺は一個も入っていなかった。純粋に柿の種だけを食べて「どうぞ」とレンゲを朝比奈さんに回す。
「……」
 朝比奈さんは真面目な顔で柿の種に潜らせたレンゲを動かしてからすくう。広げると二つのピーナツがあって、それを一気に口に運んだ。
「か、辛いれふぅ」
 言いながら朝比奈さんはお汁粉に手を伸ばしてがぶがぶと飲む。朝比奈さんにとってはレンゲ一杯分の柿の種でもかなりの辛さを感じるようだ。
「アウト」
 すっと長門が手を持ち上げて、朝比奈さんを指差す。
「え?」
 ハルヒが目を丸くしている。朝比奈さんが食べた豆はまだ二つだったはずだ。
「食べた豆の数が年齢を超えた」
「ちょっと待ってよ有希。柿の種は豆じゃないわよ」
「わかっている」
「それじゃあ、なんで」
「食べた小豆の数がオーバーした」
「なるほどな」
 お汁粉の中にはすりつぶした豆が大量に含まれている。あれだけ飲めば、年齢をオーバーしていても不自然じゃない。
「あ、え、そうなの?」
 ハルヒはすぐに状況が理解できないようで、ぽかんと口を開けたままだ。こう開けっ放しになっている口を見るとピーナツを放り込んでやりたくなる。


 結局、罰ゲームなどを決める前に終わってしまったので、それからは何事もなく豆を食い続けて終わった。