今日の長門有希SS

 今日も平常通りに授業が終わった。俺たちに通常とは違う出来事が降りかかる場合、その大半が厄介事であるが、こう平々凡々とした日常が続くと気がゆるむ。俺は惰性に任せて足を進め、こちらも平常通りであろう放課後を過ごすために部室棟に向かう。
 まあ、一日の中で何かが起きやすいのは部室で過ごしている時で、大抵はハルヒの妙な発言から始まる。そんなことを考えながら、ノックをしてドアを開けた。
「おりゃー!」
 白い塊が飛んできた。ぼんやりとしていたが、これでも俺はハルヒに関わる時間が多く、危機回避能力はそれなりにある。咄嗟に飛び退いて、俺の頭部を狙っていたであろうその塊から身を避ける。
 ぐしゃ。
 部室の中から飛んできたそれは、廊下の壁に衝突して床に落ちる。どうやらそれはレジ袋らしい。
「ああもう、鬼役が避けるんじゃないわよ」
 そんな風に毒づきつつ部室からハルヒが出てきた。袋をひょいと拾い上げ、部室に戻っていく。
「ん、入んないの?」
「説明や謝罪はなしか」
「それくらい察しなさいよ」
 はあ、と呆れたように溜息をつく。
「節分で、あんたが鬼。そしてこれが豆」
 どこの世界に袋ごと豆を投げる奴がいるんだ。それに、どうして俺が鬼なんだ。
「団員の中で一番鬼っぽいからよ。それに、授業中にも言っておいたじゃない」
「いつだよ」
 少なくとも俺にはそのような記憶はない。
「あんた寝てたの? ほら、六時間目の授業で言ったじゃない」
 先ほどまで受けていた授業を思い出すが、今回は居眠りをしていないはずだ。一時間ずっと集中していたかと言われると肯定はできないが、話しかけられたら気が付くくらいには覚醒していた。
「寝ていた覚えはないな」
「おかしいわね……六時間目の授業の合間に、あたしの部屋で――」
 そこで言葉を止めて、小さく「あ」と漏らす。
「お前が寝てたんじゃないのか」
「細かいことはいいでしょ? あたしは言ったつもりなんだし」
 とにかく、と無理やり話を区切る。
「豆まきはこれで終わり。あとは食べるわよ」
「ちょっと待て、袋ごとぶん投げただけじゃないか」
「ばらばらに投げたら回収がめんどいでしょ? それに、床に落ちた豆を拾って食べたくないし」
 机に袋を置いて、ごそごそとハルヒは中身を取り出す。
「ええと、大豆じゃ飽きるから色々とナッツを持ってきたわ」
 出てきたのは袋入りのバターピーナツやピスタチオ、缶に入ったカシューナッツなんかもある。
「って、お前は缶ごと俺に投げてきたのか」
「別いいじゃない、怪我したら看病してあげるし。不満?」
 不満に決まってるだろ。
「おや、これは」
 古泉が持っていたのは小豆の缶。
「どうやって食う気なんだそれ」
「お湯に混ぜればお汁粉みたいになるんじゃない? ポットあるし」
 俺も正確な作り方を知っているわけじゃないが、そんな簡単でいいのか。まあ砂糖なんかはあるから甘みが足りなくてもどうにかなるだろうが、具がないだろ。
「あ、マシュマロならありますぅ」
 朝比奈さんはにこにこと棚からマシュマロの袋を出してくる。まあモチや白玉粉とどことなく似ているし、甘い物だから全く合わないこともないのだろうが、マシュマロの入った汁粉というのは聞いた覚えがない。
 残る一人はと視線を向けると、長門は本を閉じて手元にあったナッツの詰め合わせを鷲づかみにして口に放り込み、ぽりぽりと口を動かしていた。まあ、その、なんだ。本を塩や油で汚さないようにな。
「ま、誰も不満ないみたいだし食べるわよ」
 とハルヒが宣言して、俺は溜息を吐いた。