今日の長門有希SS

 春眠暁を覚えずと言うが、眠くなるのは春には限らない。春夏秋冬いつでも眠くなる時は眠くなる。まあ冬は寒いのであまりうたた寝をすることは少なく、今日の授業は一分たりとも眠ることがなかった。
 とは言え、授業をしっかり聞いていたとは言い切れない。昨夜あまり睡眠時間を取らなかったせいだろうか、板書をノートに書き写すだけで妙に疲労感を感じ、話は耳から耳へと通過していただけ。どっかの時間で眠ってしまったほうが、それ以降すっきりと授業を聞けていたのだろうが、今さらそんなことに気が付いても仕方がない。何しろ今は放課後で、部室のドアを前にしているところだから。
 ノックをしてみるが反応はない。今週は掃除当番で俺が教室を出た時点でハルヒの姿はなかったが、どこかをふらついているのだろうか。
 もしかすると、俺が来る前に皆でどこかに行ったのだろうか。そんなことを考えながらドアを開くと、予想外の光景が目に飛び込んできた。
「ううん……」
 椅子に座り、長机に置いた両腕を枕にして、天板で豊満な胸を潰しているのは朝比奈さんだった。俺がドアを開けて冷気が入ったせいか、むにゃむにゃと口を動かしている。
 中に入ってドアを閉めると、むわっとした熱気に気が付いた。部屋の片隅に見慣れぬストーブが置かれていて、どうやらそれがこの高温を生み出しているらしい。部屋の中はまるで春の日差しを浴びたかのようにぽかぽかと温かい。
 すやすやと眠る朝比奈さんは天使のようだ。こういった表現を聞くと長門が機嫌を損ねてしまうのだが、確かに朝比奈さんに対する好意はあるものの、それはどちらかと言えば男女間のものより、父親と娘、兄と妹、はたまた保育士と園児のような関係を想像していただければわかっていただけるだろう。実際、俺は朝比奈さんと接する時に、我が家の妹を回想することがあったりもする。
 さて、眠っているのは朝比奈さんだけではなかった。テーブルを挟んだ向かい側には古泉がいて、珍しく無防備な表情を晒している。こいつはあまり寝顔などを見せるタイプではないような気がするので珍しい。
 そして部屋の奥にはハルヒだ。いつもの席でふんぞり返り「くこー」と得体の知れない音を口から漏らしている。寝息なのかイビキなのかは俺には判断がつけかねる。あの体勢が生み出している音なのかも知れず、もしかすると喉や体によろしくない可能性もあるが、無理に動かして起こしてしまえば機嫌を損ねてしまうこともあり得る。それに、ハルヒが寝ているほうが間違いなく平穏無事な時間を過ごせるので、このまま放っておくべきなのだろう。
 朝比奈さんの横に腰を下ろして鞄を床に置く。さて、部室にいる全員が眠っていると暇だ。古泉でも起こして何かゲームを引っ張り出して来ようかとも思ったが、今日は授業中に一睡もしなくて疲れていることだし、俺も眠ってしまおうか。
 そう考えると、すーっと意識が落ちていく。まるでクロロホルムでも嗅がされたか、睡眠薬でも飲んだかのように、意識が落ちていくのがわかる。
 ぽかぽかとした空気の中、それに身を任せていると――がちゃりと音が聞こえた。
「ううん……」
 一瞬、体に感じた冷気で目が覚めかけるが、その程度では意識が覚醒しない。ぼんやりとした視界でドアを開けたまま立っている長門を見ていると、俺の後ろを素通りして窓際まで歩いていくのがわかった。
 かちん。
 何かの音が聞こえたが、その時点で俺の意識は半分ほど夢の中に足をつっこんでいる。部室が長門のマンションの部屋に融合していく中、ガラガラという音を聞いて、長門にキスをされた。


 以上が、SOS団一酸化炭素中毒未遂事件の全貌である。
 俺たちは石油ストーブの不完全燃焼によってちょっと危ない状態だったのだが、長門の対処によって、特に後遺症などを発生させることなく無事に生存した。