今日の長門有希SS

 犬や猫と言えば、大抵は人間のペットになっているものだが、野良犬や野良猫という言葉があるように、人に飼われていないものも存在する。実際、我が家にいるシャミセンもかつては野良だったしな。
 見かける頻度は野良猫の方が多い。首輪を着けずにその辺を歩いている飼い猫がいて、それを俺が野良猫だと誤解していることもあるだろうが、少なくとも野良犬は滅多に見かけない。犬は人を噛むことがあり、伝染病を媒介する危険性もあるので、保健所は野良猫より熱心に野良犬を保護しているのかも知れないが、俺の知ったことではない。
 ともかく、野良猫がいた。茶色の縞模様のあるそいつはいわゆる茶トラという柄で、ふてぶてしい表情を浮かべ道路に伏せている。
「可愛いですねぇ」
 遠巻きに眺め、朝比奈さんは天使の微笑みを浮かべる。古泉のうさんくさいものとは違い、心からの笑みであることがわかる。
 現在は学校からの集団下校中。欠員はおらず、五人揃っている。
「こっちにいらっしゃい。ちっちっち」
 ハルヒが舌を鳴らすが、猫は立ち上がろうともしない。
「警戒されてるんじゃないのか」
「距離が遠くて聞こえてないのよ」
 ちっちっち、と鳴らしながらハルヒは近づいていく。しかし野良猫は立ち上がらないだけでなく、顔を背けて「くあ」とあくびをする。
「もう、バカにしてんの?」
 怒鳴ったり喚いたりするわけでもなく、呆れたように呟く。バカにしているわけでもなく、きっと、ハルヒや俺たちのことなんかなんとも思っていないのだろう。
 などと勝手に気持ちを代弁していると、野良猫はすっと立ち上がった。すたすたと歩いてきて俺の横を素通りし、古泉の足にすり寄る。
「やっぱり猫もキョンより古泉くんの方がいいのかしら」
「ほっとけ」
 気まぐれな動物の考えることなどわからん。
「猫は目を合わせる相手より目を合わせない相手を好むと聞きました。猫は群れる生き物ではありませんし、目を合わせるのは相手を挑発するような意味があるとか」
 足に頬ずりされながら古泉は解説する。
 野良猫を積極的に見ていたのはハルヒと朝比奈さんで、残る俺と長門と古泉はあまり見ていなかった。その中で古泉が選ばれた理由はわからないが、顔の良さは動物にも通じる可能性もある。
 この言い方では語弊があるが、俺はともかく、長門の顔が古泉より悪いわけじゃない。少なくとも俺は誰よりも長門を好む。


 とまあ、帰り道にそんなことがあってから、長門のマンションへ。俺が学校帰りにここに来るのは恒例のことで、それについて今さら何か述べるようなことではない。
「……」
 部屋に入るや否や、長門がぺたりとしがみついてきた。すりすりと頬ずりをしてくる。
長門、どうした?」
 不思議に思い、見下ろす。
 さっ。
 長門は素早く体から離れる。
「どういう趣向なんだ?」
「……」
 長門は答えず、そっぽを向いて靴を脱ぐ。俺たちは交際しており、恋人らしくべたべたすることがないわけではないが、すぐに離れた理由がわからない。
 まあ、長門のことを全て理解しているわけではない。たまにはこんなこともあるのだろうと靴を脱ぎ始める。
「……」
 ぺたり。
 またくっついてきた。
「もちろん嫌じゃないんだが、今くっつかれると靴を脱ぎづらい」
 さっ。
 靴に視線を落とす。
 ぺたり。
 もちろん俺はまだ靴を履いており、これから脱ごうってところだったんだけどな。もしかしてと思って長門に視線を向けると、さっと離れた。
「にゃあ」
 そんな言葉を呟く。


 この日は、猫の真似をする長門にくっつかれたり離れたりされながら過ごすことになった。