今日の長門有希SS

 俺たちの学校は小高い場所に位置しており、そこからほぼ一本道を下ると駅がある。通学する者は大抵そのあたりを通るわけで、知り合いに遭遇する率が最も高いのもそこである。一本道に入ってしまえば、先行する者の足が遅く、それを追う形になっている状態の者の足が速くない限り、追いつくことがないからだ。
 ともかく、その駅の近くにはコンビニがある。ここから先には店がないので、何か買い物をする生徒はそこに寄ることになる。俺が何の気成しにその店を眺めながら歩いていると、見覚えのある奴がそこから出てきた。
 人間が出会う時、様々なパターンがある。同時に相手の存在に気が付く場合、片方だけが気が付く場合、そしてそのどちらも気が付かない場合。しばらく歩いてから「やっぱりお前だったのか」なんて声をかけられた経験は誰もが一度は持っているだろう。
 今回は、俺だけが気が付いていたようだ。小さな袋を持って店を出てきたそいつは、中から黒い塊を取り出す。
 遠目に見ても、それがおにぎりだとわかる。寝坊をして家で食事ができず、そこのコンビニでパンやおにぎりを買った経験は俺にもあるので気持ちはよくわかる。
 ここで声をかけずに通り過ぎるような仲でもない。
「よう」
「あ、どうも」
 おにぎりの包装をいじくりまわしていたそいつは、店の仲にいる店員よりもより営業スマイルらしいニヤケた面を俺に向ける。
「朝飯か?」
「ええ、昨夜ちょっと夜更かしをしてしまったせいで、寝坊をしてしまいました」
 そう言う古泉の顔をよく見ると、目の下にうっすらとクマができているようだった。
「またハルヒか?」
「いえ、録画して溜まっていた番組を見始めたら、なかなか寝付けなくなってしまっただけです」
 案外、こいつも気楽なもんだ。
 話が一区切りついたところで古泉は手元に視線を落とす。
 おにぎりはメーカーによって違った形の包装をされている。しかし、数字の順番で引っ張っていけば、三段階くらいで中身が出てくるのが一般的だ。
 今回のもそうだろう。まず中央にあるテープ上の物を引っ張って包装全体を半分に割り、次に左右に引く。右と左にそれぞれ数字が振られているが、別にそのどちらを先にしても問題はないだろう。とにかく、最初に中央を割ってしまえばそれでいい。
「おや」
 完全に中身を取り出した古泉が、手元を見る。おにぎりではなく手に残った包装に、かなり巨大な海苔が残っていた。
「珍しいな」
 包装の中に海苔が残ってしまうのはよくあることだが、ここまで大きく裂けるのはあまりない。全体の四分の一くらいが残ってしまったようで、おにぎりの一部は白米がさらけ出されている。
「どうやら、これは韓国海苔のようですね」
 言われてみれば、その海苔はすかすかで微妙な隙間がある。古泉が指をこすり合わせるようにしているところを見ると表面に塩も付着しているのだろう。
「具が焼き肉なんです。それで、本場らしく海苔に工夫をしたといったところでしょうか」
 言いながら古泉は包装の隙間から海苔をつまみ出し、白米が露出していた部分に貼り付けた。
「食べてもいいですか」
「別にお前が飯を食うのを邪魔する趣味はない」
「では、失礼します」
 そう言うと古泉はおにぎりにかぶりつく。こいつが俺に許可を取ったのは、別に俺が「食事をする時に俺の了解を得てからにしろ」などと言ったわけでなく、ただ単に食い始めると会話が中断されてしまうからだ。
 古泉は男らしく、おにぎりを食いちぎっては噛み、飲み込む。喉に詰まってしまったのか、うんうんと唸りながら袋からペットボトルを取り出そうとしているが、片手におにぎりを持ったままで難しいようだ。
「貸せ」
 袋に手を突っ込みお茶を取り出し、蓋を開けて返してやる。仮に俺が古泉の立場で相手がハルヒなら、ここで半分くらい飲まれることを覚悟しなければならないが、別に喉が渇いているわけではないのでそのまま渡す。
「助かりました」
 流しこんで、ふうと溜息をつく。
「他にも買っていたんだな」
 お茶を取り出すために手を突っ込んだ時、柔らかい感触が他にもあった。
「ええ、一つでは昼までに空腹になるかと思いまして」
 そう言って開いた袋の中に残っているのは、おにぎりが一つとパンが一つ。どれだけ腹を減らしていたんだこいつは。
 古泉は新たなおにぎりを取り出して包装を解き始める。今度も肉系らしい。
「失礼します」
 いちいち俺に言わなくてもいい。今のところ俺の知り合いには会っていないが、飯を食う前に許可を得ている構図をもし古泉のクラスメイトあたりが見ていたら、俺たちの関係を不思議に思うだろう。
 おにぎりとはあまり香りのない物であるが、こう立て続けに肉系統を食われると、その匂いが鼻につく。朝を食ったばかりだと言うのに、なんとなく俺も小腹が減ってしまった。
「何か買ってくる」
「あなたも食べていなかったんですか?」
 説明するのも面倒だ。俺は答えず店内に入る。
 食べ物のコーナーはどこのコンビニでも大抵奥にある。ここのコンビニも例外ではないので、真っ先にそこに向かおうとして、レジの横にある物を見て足を止めた。
 中華まんが大量に温められている。おにぎりもいいが、温かい肉まんなんかもいいだろう。外も寒いし。
 そう思いつつ俺は肉まんを一つ買って外に出て、
「おはよう」
 たまたまこのタイミングで近くを通りかかったらしい、長門に挨拶をされた。


 その後、俺が肉まんを食っている姿を見て長門が肉まんを買ってから、三人で学校に向かうことになる。