今日の長門有希SS

 休日、マンションの長門の部屋。
 特に事情がない日はここで過ごすことにしている。いつもSOS団に時間を取られる俺たちにとって、何もない日は貴重なものだ。
 だがこのマンションにいるからと言って、必ずしも二人きりになれるわけではない。実際、今日は俺たちの他にもう一人いる。
「……」
 コタツに入ってゴロゴロしているのは朝倉だ。横には数冊の雑誌が散らばっており、先ほどからぱらぱらと読んでは閉じ、また別の雑誌を開くといった行為を何度となく繰り返している。読んでいるというより、眺めているといった方が正しい。
 遅めの朝食を終えた後にやってきた朝倉は、この調子で転がっている。珍しく、だらけている。
 教室では委員長として振る舞っていて、ここでもお節介な世話好きとしてせわしなく動き回っていることが多い。ここでのんびり過ごすことは珍しくないのだが、こんな風にだらけているとしか表現できない朝倉を見ることは珍しい。
 もしかしたら初めてかも知れないが、朝倉と過ごした時間はもう――具体的な数値はともかく、けっこう長いはずなので、以前にも見たことがある可能性はあるものの、とにかく俺の記憶には残っていなかった。
 さて、そうこうしている間に昼だ。朝を食ったのが遅かったからもう少し遅くてもいいとは思うものの、作っている間に、外食するにしても待っている間に腹が減るだろう。
長門、そろそろ腹が減らないか」
「減っている」
 本に視線を落としたままそう答える。
「何か食いたいものはあるか?」
「なんでもいい」
「そうか」
 特に指定されないのが一番選択に困るが、何を選んでも長門は文句を言わないだろう。苦手な物もないし、なんでも食べる。自炊でなければ嫌ということもないので、出かけようと言っても黙って従うだろう。
 どちらかというと俺もなんでもいいと思っているので、こちらからは後頭部と長い髪しか見えていないもう一人に声をかけてみることにする。
「朝倉」
「んー」
 コタツの中で転がってこっちに顔を向ける。一瞬、コタツが浮き上がったのは、中で腰でもぶつけたらしいが、それに対して何の反応も見せない。
「なに?」
「いや、そろそろ飯でもどうかと思うんだが」
「うーん、どっちでもいいよ」
「腹が減ってないのか?」
「言われて見れば……減ってるかも知れないけど、なんか食べるのが面倒で」
 ごろりと寝返りを打って、仰向けになる。目を開けたまま天上に顔を向けているが焦点がどこかに定まっているようには見えない。
 ここにいる三人の中で、誰が一番飯を作るのが上手いかと言えば朝倉だ。俺も長門も付き合いだしてからそれなりに料理をしてはいるのだが、それ以前から続けていた朝倉には叶わない。もっとも、同じだけ時間を費やしたとしても、朝倉と同レベルにまで達することができているとは思えないのだが。
 しかし、その朝倉は今日は使い物にならないようだ。こう言う時は率先して作りたがるくせに、珍しいこともあるもんだ。
「まあ、適当に作るが文句を言うなよ。朝倉も作ったら食べるだろ?」
「たぶんー」


 炊いたご飯は今朝の食事で食べきってしまったので、食パンを焼いてそれに合うようなおかずを作ることにした。ベーコンと卵があったのでベーコンエッグを作り、レタスを千切ってサラダ代わりにする。
 料理と言うには少々手軽だが、文句は言わないだろう。
「ほら」
 コタツに並べると、長門は本を閉じて横に置く。マーガリンをトーストに塗り始める。
「朝倉、できたぞ」
「うん」
 起きあがろうとしない。
「トーストが冷める前にマーガリン塗った方がいいぞ」
 俺も塗り終わったので朝倉の座って――いや、寝転がっている前に置いておく。
「塗ってー」
「自分でやれ」
キョンくん冷たい」
 のろのろと起きあがり、マーガリンのケースに手をかけてから、こちらに顔を向ける。
「自分で塗ったら食べさせてくれる?」
「貸せ」
 マーガリンを塗ること自体は料理の延長としても、さすがに食わせるのはない。いつも世話になっているのでまあ食わせてやってもいいかと思わなくもないが、何か言いたげにこちらを見つめる存在が気にかかった。
「全く……今日はどうしたんだよ、お前」
「なんかさ、めんどくさくて。ほら、普段毎日家事をしてるじゃない。たまには何もしたくないなーって思って」
 まるで主婦のような発想だが、普段から毎日家事をしていて長門の世話もたまにしている朝倉は、主婦のようなものだ。たまにこんな日があるのだろう。
「ま、たまにはのんびりしろ」
「そうする」
 ハムスターのように頬を膨らませ、もそもそと食パンを口に入れていく。飲み込むのも面倒なのかも知れないが、そればかりはさすがに替わってやることができない。
「ん、替わりに食べてくれてもいいよ?」
「物が入っている状態で口を開くな。行儀が悪い」
「咀嚼物萌えとかじゃないの?」
「どれだけマニアックな性癖なんだそれ」
「えー、キョンくんってけっこうマニアックだし、それくらいまだソフトな方かなって思うんだけど」
「あまり失礼なことを言わないで欲しい。彼があなたの咀嚼物で興奮することはない」
 弁解してくれるのはありがたいが「あなたの」は余計ではないだろうか。それではまるで、俺が長門の咀嚼物に何らかの執着を見せたことがあるようではないか。
「……」
「そこで黙らないでくれ」
「あなたは以前、わたしの口内――」
「やっぱり黙ってくれ」
「……」
 長門はもぐもぐと食事を再開する。
 身に覚えはないが、俺の記憶になくても長門が覚えていることもある。そこに特殊なプレイをしたという事実が眠っている可能性は、ほぼないとは思うのだが、ゼロではなかった。
「はー、めんどくさいなあ」
 ぶつぶつ呟きながら食事を続け、食い終わると再び横になる。食器を片づける気は、恐らくなさそうだ。
 食器を片づけ始めた長門と共にキッチンに移動し、二人で食器を洗う。まとめてやった方が楽な時もあるが、大量の洗い物を一度にやるよりはこまめに片づけておいた方が楽だ。
「今日は」
「ん?」
朝倉涼子の世話をする」
「そうだな」
 たまにはこんな日があってもいいだろう。俺たちが、いや、長門が今までどれだけ世話になったのかわからない。


 結局、この日は夕飯を終えるまで朝倉が居座り、ごろごろとしていた。