今日の長門有希SS

 スーパーの前に出店が設置されているのはよくあることだ。小さなバンを改造したようなタイプの店は移動式で、数日だけそこにあってすぐにいなくなる。祭りの時によく見かける、調理場の上をテントが覆ったようなものも移動式だが、車に比べると長く滞在しているものだ。
 そして、小さなプレハブを構えた店もあり、こういうのはすぐには移動しない。というか、移動できないと言うべきか。こういったタイプの店が入れ替わるのは、経営不振で潰れた時だろう。
 さて、今回俺たちが見かけたのは車を改造したタイプだった。上の方に掲げられているメニューを見る限り焼鳥屋に違いない。
「……」
 その店を長門がじっと見ていた。今は夕飯の前で、ちょっと空腹感を感じているところだ。食いたいのだろうか。
「何か欲しいのか?」
「違う」
 とは言うものの、長門の視線は出店に釘付けだ。変なところで意地を張らなくてもいいのにな。
「気になっているんじゃないのか?」
「なっている」
「じゃあ……」
「焼鳥そのものではない」
「ん?」
「あれ」
 長門はのろのろと手を持ち上げ、出店のカウンターあたりを指差す。
「あそこに置いてあるもの」
 指で示している部分を目で追うと、そこにあったのは桃色の塊だ。
「なんだあれは」
 少し離れているからはっきり見えるわけじゃないが、俺にはそれが生肉の塊に見えた。焼鳥屋に生肉。組合せとしてはあまりおかしくないが、それが店頭に置いてあることが不思議だった。普通、食材は冷蔵庫などで保管するもので、もし必要になって取り出したとしてもあんな風にカウンターには置かないだろう。
「もしかして、あれは岩塩じゃないか?」
「岩塩?」
「ああ、よく知らないが運気がいいとか聞いたことがあるな。風水か何か、まあ、そういう方向性のものだ」
「そう」
「盛り塩って習慣もあるだろ。商売には塩がいいんじゃないのか?」
「理解した」
 話はそこで一段落したが、長門の視線はまだ出店を向いたままだ。
「で、買うのか?」
「……夕飯にいい食材がなければ、おかずとして買って帰りたい」
「わかった」


 買い物が終わった。メインディッシュは焼鳥とほぼ決まっていたので、俺たちが買ったのはサラダ用の材料と、牛乳や卵など常備しておくような食材だ。肉や魚は買っていない。
「……」
 焼鳥屋のカウンターで注文を終えた後、長門が俺の顔を見上げてきた。
 長門が言いたいことはわかる。
「おっと、お客さんすいません」
 そう言うと中にいた店員はカウンターに手を伸ばし、そこに置いてあった生肉を引っ張り込んで、包丁を入れるのであった。