今日の長門有希SS

 10/0110/03の続きです。


 長門の服を買う。
 以前にもそのようなイベントがあったような気がする……まあ人間の記憶など曖昧なものであり、覚えちゃいない。長門なら今までの出来事をほぼ記憶しているだろうが、わざわざ聞くまでもない。
 仮に思い出して以前にもやったことを指摘したところでハルヒが買い物をやめるわけじゃないからな。それに、長門の服を買うってのは悪いアイディアじゃない。
 長門は私服を持っていないわけじゃないが、部屋にいる時や近場の時は制服で済ませることが多いからな。だが、ハルヒに押し付けられた服なら着ざるを得なくなり、自動的に俺が長門の私服姿を見るチャンスが増える。
「そうだ、古泉くん。どこかお勧めの店とかない?」
 振り返ったハルヒが問いかけてくる。
「申し訳ありません。女性向けのファッションには少々疎いもので」
「ふーん……男の子からの意見も欲しかったんだけど、それならいいわ」
 なぜ古泉だけに聞くんだ。
「古泉くんは見る目ありそうだけど、あんたじゃねえ……」
 バカにされるならまだしも、哀れむような目を向けるのは止めてくれ。本気で落ち込む。
 ハルヒは前に顔を戻すと、長門や朝比奈さんと楽しそうにしゃべっている。こうなると男である俺や古泉は蚊帳の外だ。
「古泉、お前本当に知らないのか?」
「いくつか名前を知っている、といった程度でしょうか。具体的にどこでどのようなタイプの服が売っているのか知りません」
「そうかい。例えばどういう店を知っているんだ?」
「女性向けの服でしたら……確か森さんがよく行く店で、店名が四文字でそれなりのところがあると聞きましたが」
ユニクロか?」
「いえ、そうではなくもっと和風の名前です」
 和風で四文字、ねえ。
「人の名前だったような気がします」
「……しまむら、か」
「ああ、それだったはずです。女性物に関してはあなたの方が詳しいようですね」
 詳しくは知らないが、よほど上手く着ないとダサくなってしまう店だったはずだ。それこそユニクロみたいにな。


 とまあ、そういった会話をしている間に店に到着する。俺と古泉の話に出てきた店ではないが、どこかのチェーン店ではありそうだ。まあ、女性向けの店なので正直どの程度なのかわからないが。
「さてと、どんなのがいいかしら」
 言うとハルヒは、掛かっている服をいくつか取ると鏡の前で体にあてる。自分の体に。
「ちょっと待て、長門の服を選ぶんじゃなかったのか」
「ん? まあ、それもあるけどあたしが買ってもいいじゃない」
 こいつ、素で忘れてたのか? もし指摘しなければただ自分の買い物に俺たちを付き合わせることになったのではなかろうか。
「どう、キョン?」
 ハルヒは言動が滅茶苦茶だが容姿は悪くない。だから、適当に取った服を体に合わせただけだというのに、それなりに似合って見えてしまう。
「まあ……悪くはないな」
「そ、それじゃあ買っちゃおうかしら」
 そんな簡単に買っていいもんなのか。と言うかお前、値札見ないでいいのか?
「大丈夫よ、普段あんまお小遣い使わないし」
 毎週末、必ずと言っていいほど数千円出ていく俺に何か言うことはないか?
「昼食を安いお店で我慢したら一着余計に買えるわね。考えておくわ」
 俺の財布の中身で誰の服を買う気なんだ。
 肝心の長門は、俺たちから離れた場所でぼーっとしていた。朝比奈さんや古泉がハルヒにつきっきりになっているので、自然と一人になっていたようだ。
「さて、お前はどうする?」
 ハルヒの奴は自分自身の服選びに飽きるまで本来の目的を思い出しそうにない。長門自身が必要なら別だが、そうでなければこの店で買う必要はない。
「……」
 長門は俺の顔をしばらく見つめてから、ラックに掛かっていた服をハンガーごと手に取る。
「どう?」
 言いながら、長門は自分の胸のあたりにその服を当てた。
「サイズが合ってないように見えるな」
 ハンガーの金具にはLLの文字が刻まれている。長門は一般的な女子高生に比べると少々小柄なので、持っているのはシャツのはずなのにワンピースのように見えなくもない。
「これは?」
ヒョウ柄はもう少し年齢層の高いご婦人が着る物だと思うが」
「これは?」
「全面にライオンの顔がプリントされたのも似たようなもんだと思うが」
 しかし、こういう服は一体誰が買うのかと疑問に思うこともあるが、実際着ている人間を見かけることがあるので需要はあるのだろう。問題は、どうして若者向けだと思われるこの服屋に紛れているかということだが。
「……そう」
 長門は持っていた服を全て戻すとくるりと体を回して俺に背を向け、ハルヒたちがわいわいやっているところまで歩いて行く。
「あら有希、どうしたの?」
 自分のことで手一杯だったハルヒが声をかけるが、長門は無言でラックを物色し、そこから一着を選んで戻ってきた。
「どう?」
 そう言って長門が体に当てたのは、最初にハルヒが俺に見せたのと同じ服の、恐らくサイズが一つ小さい物だった。
「な、長門……」
「どちらが似合う?」
 長門が手に持っているのは一着。比較対象は言うまでもない。


 その直後、何か言おうとした俺は駆け付けたハルヒの蹴りを受けて沈黙するのであった。