今日の長門有希SS

 前回の続きです。


「じゃあ有希はここで待ってて」
 と、長門を本屋に置いてハルヒが映画のコーナーへ移動する。ここは本屋や文房具屋などが入ったチェーン系のレンタルショップであり、俺と長門も何度か利用している。大抵は長門の買い物なのだが映画を借りることも少なくはない。
 さて、今回のお題は「長門を感動させる映画」だ。判定基準となる長門をここで待機させている間に俺たちは映画を探すことになっている。
 感動……ねえ。
 心理状態をほとんど顔に出さない長門ではあるが感情の起伏がないわけではない。確かに他の者に比べて動じないところもあるが、些細な出来事で喜んだり怒ったりすることだってある。要するに、長門だって他の誰かと変わらないということだ。
 だから、長門を感動させる映画を探すのはそれほど難しい話ではない。ただし「泣かせる」となると難易度は格段に上昇する。長く付き合って誰よりも長門と過ごす時間の多い俺ですら長門の涙は見たことがないはずだ。
 それほど難しい課題だが、だからこそ長門の涙を誘うことができるとしたら他の誰でもなく俺でなければならない。一緒に映画を何度か見ているし、好みもある程度わかっている。これで他の奴に負けたら目も当てられない。
 よし、と気合いを入れて映画のコーナーに向かおうとしたが、俺は足を止めた。
「……どうした?」
 本屋に入らず、長門はその入り口で立っていた。
「ここで待つように言われたから」
 いやハルヒは「この場所」で待つように言ったのではなく、本屋で待っているように言ったんだと思うが。
「そう」
 くるりと体の向きを変え、本屋に入っていく。
 が、ぴたりと足を止めた。
「期待していい?」
「任せとけ」
 手を抜くつもりだったわけではないが、できるだけいいのを探してやらなきゃいけない理由ができてしまった。


「このあたりでお探しですか?」
 たまたま鉢合わせた古泉がにこやかな笑みを浮かべてそんな言葉を口にする。
「いいや」
「そうですか」
 俺と同様に移動中だったのだろう。感動する映画を探すのにコメディコーナーは相応しいとは言えないからな。
「コメディが必ずしも感動的ではないとは言えません。大半はコミカルなシーンに費やされるでしょうが、最後までそれだけの映画というのはあまり多くはないのではないでしょうか」
 映画ってのはどこかしらに感動的な要素が含まれているものだ。古泉の指摘も間違っちゃいない。
 だが、そうなるとあらゆるコーナーを吟味しなければならなくなってしまうので、ある程度は方向性を絞るべきだろう。
 長門はSF系統の本を主に読んでいるが、必ずしもSF映画が好きだというわけではない。以前、原作付きの映画を見た際にあまりにもイメージとかけ離れた作品になってしまっていたことで怒っていたこともあるし、余程の勝算がなければ短絡的にSF作品を選ぶのは避けた方がいいだろう。
 狙い目としてはアニメ映画だろうか。アニメと言えば子供向けのイメージもあるが、最近のアニメ映画は洋画も邦画もよくできたものが多い。俺の家に来て映画を見る際は長門も好んで借りることがあるほどだ。もちろん俺の妹と一緒に見ることを考慮して選んでいるのはわかるが、だからといって好きでもない映画を借りることはなく、長門もそれなりに楽しんでいるのが常だ。
「おっと」
 先客がいた。DVDの背をなぞりながら真剣な顔でタイトルを確認しているのは、最近じゃ見慣れないと思えるまでになった制服姿の朝比奈さんである。
 何を探しているのか見てしまうのはまるで偵察しているようで気が進まないのだが、何度も同じコーナーを言ったり来たりしている様子は俺の足を止めさせるに充分だった。
「見つからないんですか?」
「あ、キョンくん」
 ぴたりと足を止めてこちらに顔を向ける。
「そうなんですよぉ。借りるのは決めたのに、その映画が見つからなくて」
 朝比奈さんが先ほどから探していた範囲にはCGの映像で作られた海外の映画が並んでいる。CGといってもかなり詳細に映像が作り込まれており、子供だけでなく大人にもファンがいるような作品ばかりだ。朝比奈さんもいいチョイスをしたものだ。
「どんな映画ですか? タイトルがわかれば探すのを手伝いますよ」
「あ、お願いしてもいいですかぁ? タイトルは忘れちゃったけど、ロボットの映画なんです」
「ロボット、ですか」
 おおざっぱなヒントだ。それに該当する映画はいくらでもありそうだ。
「他に何かありませんか?」
「えっとぉ、確かひとりぼっちのロボットがゴミを集めたりする話なんですけど」
「ああ」
 その映画のタイトルに思い当たった。長門ならあのロボットには深く感情移入できるかも知れないが、一つ問題がある。
「その映画ならここにはないと思います」
「ふぇ?」
「朝比奈さんがいつどこでその映画を見たのかわかりませんが、少なくとも今現在はまだDVDになっていないはずです」
「え? あ、そっかぁ」
 ぽかりと自分の頭にげんこつをあてる。
「それじゃあ、どうしようかなぁ」
 うーんとうなり始めた朝比奈さんを残し、別のコーナーを探すことにした。