今日の長門有希SS

 長門の部屋には来客が多い。まあ来るのは主に朝倉や喜緑さんの二人だが、その頻度が多い。朝倉の場合は料理を作りすぎたとか美味しそうな土産を買ったとかいう簡単な理由でやって来て、喜緑さんはいつの間にか部屋に湧いていることもある。
 しかしながら、二人だけで過ごす時間はもちろん確保されている。喜緑さんはともかく朝倉は飯を食いに来たとしても遅くまで邪魔をするような奴ではない。であるからして、学校以外の大抵の時間は長門と二人で過ごすわけだ。
 もちろん二人でいることに不満はない。元々は長門の食生活の改善などという大仰な目的を掲げていたが、学校や週末の活動時間ではまともに会話もできないので一緒に過ごしたくて入り浸っているわけで、要するに俺は長門と二人でいたいのだ。
 口数が少なく感情をあまり表に出さない長門と過ごすことにはとっくに慣れている。いや、それでも長門の感情や欲求がわかるようになっているくらいだ。まあともかく、この空気に心地よさすら感じている。
 しかしながら、問題がないとは言い切れない。ほんの小さなことではあるのだが、頻繁に起こればやはり気にはなるものだ。
「三つ買ったんだったか」
 テーブルの上で開いた洋菓子屋の箱にはシュークリームが三つ入っていた。ここにいるのは俺と長門の二人。一つ余ってしまう。
 今回は自主的に単品を三つという買い方をしてしまったのだが、三つがセットになった食品はよくある。小さめのプリンやゼリーなどは三つ連なっているものが多い。俺と長門はスーパーのデザート売り場で頭を悩ませることが多い。
 まあプリンやゼリーならともかく、シュークリームとはあまり長く保たないものである。まあ中身がクリームだから仕方がないのだろうが、大抵は買った翌日くらいには消費しなければならない。
 それなのになぜ三つも買ってしまったかと言うと、朝倉が来ることを想定していたからだ。土産はいつも朝倉が買ってくるのだが、たまにはこっちで用意しようと思ったわけだ。慣れないことはするもんじゃない。
喜緑江美里もいた」
 朝倉が来ることまでは想定内だったが、今回は喜緑さんがやってきた。四人いる状態で三つのシュークリームを出すのはほぼ不可能と言えよう。
「どうする?」
 賞味期限は今日まで。まあ数日ならば食っても腹を壊すこともないだろうが、あまり気分がいいもんじゃない。せっかく美味いものを食うなら妙な懸念は抱えたくない。
「あなたが食べてもいい」
「いや」
 長門を差し置いて残った一つを食うのはあまりいい気分じゃない。長門は小柄であり、食べる速度が遅いので知らない者は小食だと思うかも知れないが、俺よりも多く食べることだってある。美味いものならばなおさらである。
 かといって、一個丸ごとやろうと思っても長門は受け取らないだろう。こうなれば残された方法は一つ。
「半分にするか」
 しばらく俺の顔を見てから、長門はゆっくりと首を縦に振る。
 シュークリームは生地も柔らかく切りづらいのだが、長門がいれば問題ない。どのあたりを切ればクリームがはみ出さないかわかるはずだ。
 箱から一つ取り出し、ナイフを取りに行こうと立ち上がろうとした俺の手を長門が掴む。
「どうした?」
「必要ない」
 まあ、長門の能力ならばシュークリームを切断するくらい簡単だろうが、わざわざそんなことに力を使う必要もないだろう?
「切らなくてもいい」
 と言うと、長門は俺の口にシュークリームを押しつけてくる。
「交互に食べる」
 まあ、言われてみれば切り分ける必要もないか。人前でこんなことをやっていれば見苦しいだろうが、今は俺たち二人しかいないんだしな。
「わかった」
 クリームをはみ出させないよう、少し食ってから長門に渡す。
「はい」
 長門が口を付けると恐らく同じくらい削れて戻ってくる。と、そんなことを交互に繰り返し、残りわずかになった。
「もういいぞ」
 もう一つずつあることだし、これ以上細かくちぎって食う必要もないだろう。しかし長門はじっと手元にあるシュークリームのかけらを見つめている。
「どうした?」
「わたしだけが食べてしまうと不平等」
 そんな量なら別にいいんだけどな。
「こうすればいい」
 と言うと、長門は俺の口にそれをつっこんできた。いきなり何をするのかと思うと、長門の顔が間近に近づいてきて、口が重なった。


 結局、残っていた二つのシュークリームを食ったのは賞味期限の切れた翌朝である。