今日の長門有希SS

 おにぎりは日本に昔からある携帯食だ。物の本によると乾燥した米をお湯や水で戻して食うという携帯食があったらしいが、それは言葉遣いが現代とは似ても似つかぬほど大昔のことである。
 現在ではサンドイッチなど選択肢も増えたが、それでもおにぎりはまだ人気がある。コンビニでも専用の棚を用意されており、商品によって海苔がぱりぱりしているものやしっとりしているものがあり、好みによって選ぶことができるあたりは日本人がどれだけおにぎりにこだわりを持っているかを如実に表しているのではんかあろうか。おにぎりを作るための型なんかもあったりするくらいだしな。
 別に携帯して食わなければならないという決まりがあるわけではなく、作ったその場で食っても問題はない。外から中身がわからないという特徴をふまえ、ちょっとした遊び感覚を交えれば食事をめんどくさがる子供でもついつい手を伸ばすかも知れない。
 さて、そんな娯楽要素に目を付けてしまった方がここにおられるわけだ。
「みんなでいろいろな具のおにぎりを持ち寄って食べませんか?」
 長門は表情が変わらないが、これから起こりうることを予想した朝倉は露骨に嫌な顔をした。
「大丈夫です。具は人間の食べられるものに限定しますから」
 ここで釘を刺しておかなかったら一体どんなものを入れたのだろう。
「食べられるもの、とはどういう意味ですか?」
「言葉の通りです」
 喜緑さんはにこりと笑う。
「口に入って喉を通る物ならば」
 ちょっと待ってください。それならビー玉だって喉を通ることになりませんか。
「確かにそれもそうなりますね、そこまでは考えていませんでした。なるほどそれは面白い案です」
 やめてください。
「冗談です。まともに食事として摂取できる物にしましょう」


 俺と長門を残して二人は部屋を出て行った。半ば強引に決められたが、こうなった以上は具になるものを探さねばならない。もし何もなければ買いに行く必要もある。
「材料は残っていたか?」
「まとめ買いしたのが残っている」
 冷蔵庫を見ると魚も肉も野菜もそこそこ揃っている。鰹節、缶詰など保存食もあって材料には困らないだろう。
「俺たちはまともな具で作るぞ」
 朝倉はともかく、喜緑さんが混じるとわかっている以上、まともな具の入ったおにぎりの数が多いに越したことはない。分母が多い方が外れを引く確率は低くなる。
「どんな具で?」
おかかと鮭は材料があるな。とりあえずそのあたりを作ろう」
 ありきたりすぎるかも知れないが、定番ってのは安定感があるものだ。よっぽど変な作り方をしなければこれらは失敗することがない。梅干しもあれば完璧な布陣だったが、あいにく買い置きはなかった。
「ツナの缶詰がある」
「そうだな。何か他にもあったら考えてくれ」
 ツナもコンビニでは定番の一つだ。マヨネーズと混ぜて入れればそれで終わり。一缶あたりかなりの量ができてしまうことに目をつぶれば、手軽なもんだ。
「残った分は別の料理に使えばいい」
「そうだな」
 確かに全てをおにぎりにして食わねばいけないわけじゃない。後でサラダでも作ればいいだろう。
 と、そんな感じで定番のおにぎりを作っていると朝倉と喜緑さんが戻ってきた。
「凝ったことしてるな」
 朝倉の持ってきた物には海苔ではなく薄く焼いた卵が巻かれている物もあった。隙間から見えるご飯は赤く染まっており、これは確実にどんな味なのか想像できる。
 喜緑さんのも見た目はごく普通のおにぎりだ。ごく普通なのだが、その中身が普通かどうかは判断が難しいところだ。
「では食べましょう」
 喜緑さんの宣言で食事開始。まずは長門の作ったツナマヨネーズを食い、予想通りの味にほっとする。
キョンくん、わたしのも食べてみて」
 言われて俺は朝倉の作ったオムライス風のおにぎりを口に運び――て辛っ!
「唐辛子ペーストを」
 一体何を考えているんだお前は。
 水、水……って用意してなかった。
「お口直しにどうぞ」
 慌てて立ち上がろうとする俺の前に喜緑さんがおにぎりを差し出した。これは何のつもりですか。
「こんなこともあろうかとチョコレートを入れたのを用意しておきました。辛い物を食べた時は甘いのを食べると緩和されますよ」
 そういうトリッキーな物はやめてください。
 水を飲んで一段落し、更にいろいろと手を伸ばす。
「喜緑さん、これは具なしですか?」
「それは魚沼産のコシヒカリが入った高級おにぎりなんですよ」
 ライスインライスですか。
「しかも無洗米です。普通のよりちょっと高いんですよ」
 そうですか。
「これ何?」
 朝倉の口からおにぎりまでご飯が粘着したようにのびている。
「それはお餅を入れたおにぎりです」
 またよくわからないものを。コシヒカリやら餅やらどうして穀類が多いのだろうか。
「あまりおにぎりの具で使われていないなと思いまして」
 当然です。
キョンくん、こっちも食べてよ」
 朝倉のは辛い物が混じっているようなので、そちらにはなかなか手が出ない。
「もう、長門さんのばかり」
「まだあるからいくらでも食べて」
 いくらでも、と言われてもそう何個も食えるもんじゃないけどな。手が小さいせいで比較的小振りだからけっこうな数は食えるが。
 喜緑さんや朝倉のものと比べ、長門の作ったおにぎりは定番なので安心感がある。おふくろの味ってやつだろうか。
「おふくろの味、ですか」
 喜緑さんはにこにこと笑う。
「どうかしましたか?」
「母親ということは、自分の子供を産ませたいとかそういう意味ですか?」
 どういう受け取り方をしているんですか。そして長門、いつくしむような目で腹をさするな。
「あれ、ちょっとおなかふくらんでない?」
 朝倉が長門の腹に手を伸ばし、驚いたように声をあげる。
 ちょっと待て、冗談だろう?
 朝倉の手をどかして長門の腹を触り……って、確かにいつもよりふくらんでいるような……
「食べ過ぎただけ」
 そうか。