今日の長門有希SS

 心地のいい目覚めとはどのようなものだろうか。
 人間は眠っている間、レム睡眠とノンレム睡眠とやらの状態を交互に繰り返すらしい。それが具体的にどんな状態なのかは知らないが、確か、レム睡眠の間に目を覚ますといいとのことだ。なぜそうなのかは知らないが、ともかくレム睡眠の間ならばすっきり目覚められるとのことだ。
 まあ、そうなるかどうかは運のようなものだろう。人によっては寝る時間を調節してうまくレム睡眠で目覚めるらしいが、素人がそう簡単に実践できるものではないだろう。起きた時、妙に頭がはっきりしていることがたまにあるが、もしかしたらあれがそうなのかも知れない。
 寝不足だと起きてからも頭がさえないことが多いが、かと言って長く寝ればいいってものでもない。何もない休日、いつまでも寝ていられるぞと思って昼過ぎまで寝ていることがあるが、そうした時は得てして起きた時に妙に疲れているものだ。何事も欲張るものではない。
 心地のよさは環境にも影響されるだろう。まあ家などの建物内で寝るのが普通だが、仮に屋外の芝生で昼寝でもして、目覚めた時に視界一面に青空が広がっていれば、やはりこれは心地がいいのではないだろうか。
 妹に無理矢理叩き起こされるのはそれほど悪くはない。少々乱暴ではあるが、無理矢理にも頭を覚醒させられるので頭がはっきりするのは早い。起こされる時の多少の痛みに目をつぶれば、比較的いい目覚めと言えるだろう。
 さて、心地がいい場合もあれば、もちろんその逆もある。起きようと思っていたのよりも早い時間に起きてしまって、起きるには早いので布団の中でごろごろしているうちに二度寝をし、気が付くと思っていたよりも長く眠っていたなんてのはよくある話だ。そんな時は不思議と寝起きもあまりよくない。慌てて準備もしなきゃならないし、頭もはっきりとしないし、正直心地がいいとは言えないだろう。
 しかしながら、それはまだかわいいほうだ。本当に酷い目覚めの時はそんなもんじゃない。なんとなく惨めな気分になったり、自己嫌悪に襲われたりする。
 朝、大きくなってしまったのを妹に見られそうになることもあるが、今のところまだそれは免れている。少々の焦りはあるものの、それはまだ最悪の場合ではない。
 最悪の場合とは、現在のような状況を示す。
 起きた時から妙な違和感があった。どこがとは言えないが、敢えて言うなら全て。
 しかし、その原因が何なのかを考える間もなく俺は気が付いてしまった。
 なんとなく、しっとりとしていることに。
 おそるおそると確認し、俺はその状況を把握して絶望的な気分になった。
 トランクスが濡れていた。しかし、子供じゃないんだから尿漏れなどはしない。それとはまた別の要因だ。
 汗ばんでじっとりしているのとは違う。触ってみると、なんとなく粘りけのある液体が付着し、乾いたような感じ。
 夢精。
 その言葉が頭の中を駆けめぐる。長門とも定期的に肌を重ねているからそれほど溜まっていたとは思えないのに、夢精してしまうなんて俺の体はどうかしているのだろうか。
 そういえば、長門に頼まれてサプリメントを摂取したりしたこともある。その目的は確か精力の増強。いや、健康にもいいのだが、そっちのほうが長門にとって主目的だったような記憶がある。
 まあ、起きた時間が普段より早かったのが唯一の救いだ。俺はそっと部屋を抜け出して風呂場に向かい、トランクスの湿った部分を丁寧に内側になるように折り込んみ、さらに俺の別のトランクスで挟んで脱衣籠の奥底に入れ、それからシャワーを浴びることにした。


 いくら余裕があってもさすがにシャワーを浴びるには不十分だったようで、玄関にたどり着いた時には息が上がっていた。
「おはよう」
 早めに登校する長門とここで会うのは珍しい。俺は気の利いた挨拶でも返そうとするのだが、呼吸が整っていない俺には「ああ」としか言えなかった。
「珍しいな」
 ようやくまともにしゃべれるようになったのは教室が近づいてきてからだ。
「なんとなく」
「そうか」
 まあ、そんな日もあるのだろう。長門だって完璧じゃないってのは俺が一番よくわかっているさ。
「疲れてる?」
「走ったからな」
「そう」
 夢精のせいで寝起きが悪かったのもあるのだが、さすがに朝っぱらから言えるような話題ではない。まあ、話すとしたら長門の部屋かどこかで夜あたりだ。そうすれば、長門は搾り取るように俺を寝かせてくれないだろう。
「じゃあな」
 教室に到着し、それぞれ中に入る。
 俺の席の後ろにはいつものようにハルヒが不機嫌そうに頬杖をついて窓の外を見ている。
「よう」
「……」
 声をかけてもハルヒは何も答えない。珍しいこともあるなと顔を近づけてみると、ハルヒうたた寝をしているようだった。朝っぱらから珍しいこともあるもんだ。
 まあ、このまま眠ってくれていると疲れ気味の俺にとっても都合がいい。今日は一日、のんびりとすごせるような予感がした。


 しかしながら、その予感は大きく外れていた。ハルヒが眠っていたのは朝だけで、授業中などは俺が居眠りしていると突いて起こしてきた。
 勘弁してくれ。